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「用事」が、僕をどこかへ連れていく、僕を誰かと会わせてくれる(編集・デザイン:大谷薫子、岡本健+『用事』発刊に寄せて)

2024年6月1日(土)、僕は、東京都台東区蔵前のギャラリー・iwao galleryでのトークイベントに呼んでいただいて、東京にいた。ブックデザイナーの岡本健+さんが、初めての原画展をされるということでお声がけいただき、ゲストに呼んでいただいたのである。原画とは、岡本さんがご自身の幼少期の家族との記憶を中心とする著書『あなたが噛んだ、唄おぅ』(モ・クシュラ、2023年)にあたり、エッセイに添えるようにして描かれたもので、迫力とあたたかみが同居する絵で、たまらなかった。

岡本さんとは、僕がiwao galleryで「『flows』を見る/読む」という自主企画のイベントを2022年8月にさせていただいた際、iwao galleryの磯辺加代子さんからご紹介いただいてからのご縁で、その点ではまだ年月としては浅いのだが、(確か)そのときの打ち上げの場でお話ししてみれば、僕が2012年に前々職の世田谷美術館在籍の際、分館 宮本三郎記念美術館で企画したシンガーソングライターの前野健太さんのライブに来てくださっているというのだから、え、すごい、と思って、笑ってしまった。そんな方とお会いできるなんて、思っていなかった。そう、僕たちは、お互い、前野さんのファンで、iwao galleryで初めてお会いした8月19日は、トーク(ゲスト:平野篤史さん、吉江淳さん)+ライブ(ゲスト:前野健太さん)を僕が催して、ライブで前野さんに歌っていただいたのだった。

などと、思い出話を書いていると尽きないため、自粛しますが、岡本さんとはそういう縁でともかく出会い、自主企画の大元である私家版写真集『flows』について気にかけてくださり、というか、面白く思ってくださり、それは、いま思い返せば、家族(だけに限らないかもしれないが、大切な人)の喪失、そして、それを何かの形にしようと試みるという点で、僕がつくった『flows』という私家版写真集と、岡本さんの幼少期は、つながるところがあったのだと思う。

では、具体的に、そこが、どうつながっていくのか…という経緯・模様は、今回刊行された、『用事』という素晴らしいタイトルの冊子に収録されているトークイベントをご一読いただきたいのだが、どうしたらこの『用事』を手に入れられるのかと発行者の大谷さんへ尋ねてみたところ、「欲しい方は私たちに会いにきてほしい」という素晴らしいご返答があって、一筋縄ではいかないところが、僕はとてもいいなと思う。読んでみたいという方がいらっしゃったら、ぜひ、大谷さんへご連絡ください。(*)

そう、「用事」である。

編集・デザイン:大谷薫子、岡本健+『用事』0号、発行:モ・クシュラ、有限会社岡本健事務所、2024年10月15日

この冊子(「ZINE」と言ってもいいのかもしれないが、「冊子」という言葉が似合う)の書名が「用事」であるということ。iwao galleryでのトークイベントは、「必然と切実、表現という用事」と名づけられていて、なんて素晴らしいタイトルなんだろうと思ったものだが、そのタイトルは、岡本さんが10代の頃、受け取ったものであると聞く。収録されたトークイベントの一部を抜粋すると、岡本さんはこう言っていた。

岡本 「 用事」という言葉は、僕にとってずっとキーワードなんです。18 歳のとき、大阪のピクチャーというギャラリーでイラストレーターの森英次郎さんの展示を見たんです。そのとき、僕はデザイナーの日下潤一さんの事務
所で見習いをしていて、当時、日下さんが発行していた新聞に森さんのインタビュー記事があって「僕には絵を書く用事がある」というタイトルが付いていました。「用事」ってただ自主的にやるものでもないし、ただ誰かから依頼されてやるものでもない、そのあたりの境界が曖昧なんだけど自分の中の必然性というか、それなしには済まされないようなものだと思うんです。やっぱり「用事」がないものって魅力的じゃないですよね。

編集・デザイン:大谷薫子、岡本健+『用事』0号、発行:モ・クシュラ、有限会社岡本健事務所、2024年10月15日、3-4頁

岡本さんは、トークの中で、「美術」「デザイン」というジャンル=領域を超え、「表現」を「用事」という言葉で横断していく。いや、串刺しにしていく、と言った方が正確かもしれない。ジャンルはともかく、「自主的にやるものでもないし、ただ誰かから依頼されてやるものでもない、そのあたりの境界が曖昧なんだけど自分の中の必然性というか、それなしには済まされないようなもの」と、向き合う。

そう考えたとき、僕にとっての『flows』という私家版写真集は、そういうものだった。「それなしには済まされないもの」としてあって、だから、それは、執着とか、固執ということではなく、ただ、自分としてしなければならないことだった。そして、「自分としてしなければならないこと」だったのだが、それが、自分だけではできないことで、信頼する人たちの協力を得てできたことは、僕にとっては、これほど幸福で、ありがたいことはなかったのだと、つくづく思う。

そしてそれは、いまでも続いている。『flows』がなかったら、岡本健+さんとトークイベントをすることはなかったのだろうと思うし(例えば前野さんのライブでニアミスはしていたにしても)、大谷さんと岡本さんはいずれ冊子を作っていたかもしれないが、0号で岡本さんと僕のトークイベントの模様が収録されることはなかった。そうしてさかのぼってみると、それは、僕の場合、『flows』にかぎったことではなくて、それこそ、今回のことであれば、分館 宮本三郎記念美術館で前野健太さんのライブを企画していなければ…という話になる。

大切にしたいと思うことは、そうして、自分にとっての必然性と、自分なりに向き合えているかどうか、か。それは、誰がジャッジするわけではなく、自分しかわからないことで、しかも、自分ですらすぐわからない可能性があるという点で、まぁ、やっかいだ。僕は、現在の感覚として、『flows』をつくってしまったことが、2年と少しが経った2024年10月、あれが大きな転機だったのだということがわかるけれど、そのときはそんなことはなにも考えておらず、自分にとってしなければならないと自分で判断できることをしただけだった。「見返り」を求めるという発想もない。ただやるしかなかったということ。それが、岡本さん言うところの「用事」なのだろう。

そういうことが、今後もあるといいなと思う。「あるといいな」じゃなくて、そういうことをしていきたい。「ただやるしかなかった」先に、あるいはその前に、自分にとっての大切なものがある(あった)。

「用事」が、僕をどこかに連れて行き、誰かに会わせてくれる。そうして生きていくことができれば、どれほど幸せだろう?

左:『flows』、右:『あなたが噛んだ、唄おぅ』、場所:iwao gallery

*追記(2024年10月19日)
『用事』、希望者の方には郵送してくださるとのことです。


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