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【RKセルフ推し記事】家族法を学んで絶望を覚えた21歳⇒司法試験に挑戦するも12年かかって33歳で合格⇒弁護士として見守ってきた共同親権民法改正がもうすぐ叶うのでワクワクが止まらない44歳の四半世紀振り返り!

お正月からセルフ推ししてたのだけど

平日は議事録読んだりしつつ、週末のネタはいろいろあたためていて、まきコーチは当然推すとして

自分のことも推そう!と(笑)



年末いっぱい撮ってもらったのを活かす

推すといってもネタあふれる人生です

よく引用させてもらっているけども、こちらの記事でもわが人生が記されている

1.(幼少期)転勤族出身

全国転勤のある会社のサラリーマンをしていた父と専業主婦の母と3歳下の弟の核家族で、山口広島千葉静岡と転々と暮らし、大学進学のとき東京でひとり暮らしを始めたけど、また転勤があって東京の実家に吸収され、両親と暮らすことになったのが大学4年生春、そういう環境だったから、家もあるし、現役で稼働する父親に頼れるのもあって、司法試験に挑戦することになったのだ

予備校も盛んだったし、最短で効率よく合格するつもりで始めたのだった

2.司法試験受験生ながらも人生の幅が広がる

離婚するつもりで結婚する人がいないように、決して長く浪人するつもりで受験を始めたわけではなく、しかし、結果として、だいぶ遠回りをした

他学部出身で、情弱だったのは否めないが、やる気はあって真面目だったと思う

でも、全く箸にも棒にも掛からぬ

たいていは勉強すれば手応えってあるのに、まったくの低空飛行で停滞する

『弁護士』になりたいけど、会ったこともない遠い存在、合格者も身近にいない、短答試験突破者も身近にいない

どうして挑戦しようと思ったのか、無謀すぎるけど、たぶん、人生それでよいのだと思う

この辺で詳しく記したときがあった

人生は思うほど順調ばかりじゃないね

よく遊び、やりたいことはやったので、短期決戦で勉強に専念しようとした矢先に、祖母の末期がん発覚からの余命一年宣告

大好きなおばあちゃんが???

遠くに離れて暮らしていて、転勤族で学校やお友だちが変わろうが、いつだって見守ってくれる存在がいてまさしく愛情に包まれて安心して育つことができたというかけがえのない存在

他の祖父母はすでに他界していた

みんな愛情を注いでくれていたけども幼いときに認知症になったり入院していたり、末っ子同士の両親にとっての「親」(私にとっての祖父母)は、すでに高齢だった(私が子育て中の今も元気バリバリの祖父母をやってくれている「親」とは全然違う)

介護の苦労と孫守りが重ならずに済んだといえばそうだけど、早々に祖父母を見送っていて、でも、最後のおばあちゃんは、ずっと元気でいてくれると信じていたのに

ほんの数年、勉強に専念しても、その後もずっと見守ってくれるのだと信じていたのに

とりあえず受けた初めての司法試験(5月の短答式のこと:旧司時代の)を終えた(当然のごとくかすりもせず散る)頃にちょうど、入院したっていう話が飛び込んできたと思う

ある程度実力が完成していたら、動揺せずにバランスとって勉強を続けるとかもできたのだろうね

実際は、勢いで飛び込んだものの、まったく勉強体制も未開拓な状態で、おばあちゃんとの思い出時間を優先して過ごすことにした

実際、余命宣告の割には一時的には回復して、会いに行ったし、東京にもまた来てくれたのでディズニーシーにも行った

年明けてから一気に悪くなって、最後の1か月病院で寝たきりになってみんなで交代して泊まったりして、2回目の司法試験の前にお見送りすることになってしまった

まだ受け入れられないようなグチャグチャした状態で、とりあえず、司法試験2回目を受験しにいった!母に付き添われて受験会場に行ったかも?!

社会との繋がりのある活動が司法試験しかなくて、引きこもり間際ではあったけど、ま、チャレンジして無残に散るだけでも、たくましさだけは鍛えられただろうか

そこから切り替えればよかったのだろうけど、なかなか人生はくすぶっていて、翌年のもう1回も無駄に散るような過ごし方をしないと再出発ができなくて

とはいえ、よく、そこから、まさしくゼロ(あるいはマイナス?)から立ち上がったものだ!

いっときは、ゲーム三昧に陥って(←もはや、祖母を亡くした悲しみとか関係ない・・・)、家族には心配かけたと思うけど

気合を入れ直して、十分たくましさだけは鍛えられたのもあって、ゼミに飛び込んでとにかく頑張った時期がある2005年の頃

ま、そこからもまだまだ冴えることもなく浪人暮らしが続くのだけど、そこそこ遊んでいたりもしたのだった

この辺に振り返りをメモしたこともある(有料記事)

で、ロースクールに行く

人生は、生きていいく上で、自分のやりたいことばかりでは済まないことが身に沁みて、であればと、先に、子育てとの両立を始めることにしたので、ロースクール在学中に出産することになった!

そのときの様子を振り返った出産レポ

ママとしての世界が広がるだけでも、人生は彩り、学びも豊かになっていく

勉強時間は限られたかもしれないけど、全てにおいて子どもを授かったことが弁護士になっていく道しるべとなっていく

子連れ離婚したこともひっくるめて、である

ぬくぬくと妻できていたら、簡単にあきらめていたかもしれないしね

ま、ともかくよ

3.弁護士になってよかった

共同親権弁護士の仕事がおもしろすぎるのもあるけど

なが~くかかっても、かつて憧れられていた弁護士像が変わろうとも、子どもたちとの時間を大切にしつつ、自分も大切にして、やりがいをもって取り組める仕事として、弁護士になったのは本当によかった!!

パックンと会って、共同親権の話を直に聴けたのもなつかしい思い出

個別の事案でも、世の変化を感じ

単独親権は不公平なのよ

noteのトップに掲げているいろいろな家族のこと

共同親権に限定せず取り組みたいライフワークである

今年は仕事依頼メニューとかもリニューアルすべきか

仕事に直結するマガジンもあるけど

この辺もマジメにやっていかないと

テーマを持つことで、進化が期待できるはず

嵐の前の静けさか・・・

来週は、共同親権国賠の判決がある

1月25日シン・共同親権<控訴審判決言い渡し>

週明けは共同親権dayに始まるし、共同親権ウィークになりそう!

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弁護士古賀礼子 親子に優しい世界に向かって,日々発信しています☆ サポートいただけると励みになります!!いただいたサポートは,恩送りとして,さらに強化した知恵と工夫のお届けに役立たせていただきます!