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「おいしい」は、体の声かもしれない

────エッセイ

急に、何かを無性に食べたくなる日ってありませんか?

先日、ニラレバ炒めが無性に食べたくなったんです。普段ならラーメンにしようかな、カレーもいいな、くらいの気分で昼ごはんを決めます。でもその日は違っていて、頭の中はニラレバ一択。一度そう思ってしまうと、もうそれ以外では満足できそうにありません。

実際食べてみると、これが驚くほどおいしいんです。「ニラレバって、こんなにおいしかったっけ?」そう思うくらい、体に染み込んでいくようなおいしさでした。

ところが翌朝、少しフラフラしました。昔、貧血になったことがあるので、あの独特の感覚はすぐに分かります。そのとき、ふと思ったんです。

「ああ、だから昨日はニラレバが食べたくなったのか。」

もちろん、本当に体が鉄分不足を察知して「レバーを食べなさい」と命令を出していたのかは分かりません。でも、そう考えると妙につじつまが合う気がしたんです。そして不思議なのは、体が本当に欲していたものって、びっくりするくらいおいしく感じるんですよね。

そんな経験が、もう一つあります。ランニングを終えた帰り道のことです。普段なら家に帰って水をがぶ飲みするのですが、その日はたまたま目についた自動販売機でポカリスエットを買いました。

ひと口飲んだ瞬間、「うわぁ、うまい」と思いました。いや、「うまい」という言葉では少し足りません。飲むたびに体中が喜んでいるような、脳が「それ、それ!」と叫んでいるような、そんな感覚でした。

もちろん、汗をかいた後だからおいしいのは分かっています。でも、それにしても異常なくらいおいしかったんです。

その日以来、ランニングの後はポカリを飲むことが増えました。でも、不思議なことに、あの日のおいしさを超えたことは一度もありません。

もしかしたら、あの日あれ以上走ってたら、オーバーワークで体がまいってたのかもしれません。限界一歩手前の体が感じる「美味しさ」は、体からの注意信号なのかもしれませんね。

--*--

以前から、不思議に思っていることがあります。ご飯と一緒に食べるおかずって、だいたい塩気がありますよね。

焼き魚も、漬物も、味噌汁も、生姜焼きも、唐揚げも、少ししょっぱい。

逆に、甘いものとご飯を一緒に食べることはあまりありません。おはぎくらいでしょうか。でも、おはぎは食事というより、おやつに近い存在です。

なぜなんだろう、と考えたことがあります。もちろん昔は、塩を使ったほうが食材が長持ちするので、保存の知恵として塩気のあるおかずが増えた、という理由もあるのでしょう。

でも、それだけではない気がします。

塩分は、人が生きていくために欠かせないものです。汗をかけば失われるし、毎日補給しなければいけません。だからぼくたちは、自然と塩気を「おいしい」と感じるようにできているのではないでしょうか。

そう考えると、白いご飯のほんのりした甘さと、少ししょっぱいおかずの組み合わせは、人間の体にとって、とても理にかなった組み合わせなんでしょうね。

ぼくたちは、自分で食べたいものを選んでいるつもりでも、本当は体のほうが先に答えを知っている。

「今日はこれが食べたい。」

その何気ない感覚は、体から届いた小さなメッセージなのかもしれません。だから最近は、「なんとなく食べたい」という気持ちを、大事にしてるんです。体は、脳よりも先に、自分のことを知っているのかもしれませんからね。

おっ、また体からサインが来ました。なになに、今夜はビールが飲みたい? 仕方ないですね…‥。昨日も飲んだけど、今日も飲みますかぁ。


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