七福神シリーズ|祈紙(いのりがみ)編 【背負うべきは、絶望ではなく未来】
信号は青だった。 だが、命を奪った事実は消えない。 戦う神が授けた、生きるための『覚悟』。
チリーン、 チリーン、チリーン、
祈紙(いのりがみ)が、毘沙門天の手元に。
「……逃げようとしておるな。だが、逃げても消えぬものもある」
毘沙門天は無言でその紙を掴み取った。
手元に届いた祈紙の色は、黒に限りなく近い「深紅」。 この祈紙は、神社で人間が詣でた際に願った思いのたけの強さで色が変わる。
重い。 祠の空気が一瞬で凍りつくほど、そこには「罪」の匂いが染みついていた。
深紅を通り越して黒ずんだその色は、持ち主が絶望の淵で、自分自身を呪っている証拠だ。
「四十代、トラック運転手……。ふ~ん、罪を背負った者の祈りか。重いが、捨てるわけにはいかぬな」
四十代 トラック運転手 男の祈紙。
冬の朝もやの中、衝撃と、跳ね上がる影。
信号は青だった。 自分に非はない。 そう自分に言い聞かせるほど、胸の奥の黒い塊が心を侵していく。
「俺は、殺したのか……?」
数日後、男は被害者の家を訪れた。 震える声で謝罪する男を、階段の影から睨みつける親族の視線。
奪われた命は戻らない。 男は家に戻り、床に手をついて泣き崩れた。
「俺は……どうすればいい……」
男は何日もふさぎ込み、苦しみあえいだ。
チリーン、チリーン。
男の妻が涙ながらに祈る。
「夫が大変なことをしてしまいました。家族で一生償います!だから…どうか夫を助けてください」
祠の奥で、毘沙門天は掌の祈紙を見つめ、静かに立ち上がった。
「罪は消えぬ。奪った命も戻らぬ。だが……そなたには、まだ歩く理由がある」
季節が変わりそうなころ、まだ絶望の淵にいた男に、妻が震える声で告げた。
「……赤ちゃんが、できたの」
罪を背負った男の胸の奥で、深紅の祈紙が激しく震えた。
「俺に人を育てることが出来るのか…俺には無理だ……」
その時、毘沙門天が三叉戟を地に突くと、鋭い金色の光が走った。
「逃げるな。潰れるな。そなたが背負うべきは絶望ではない。新しき命への『未来』だ。背負って、生きよ。それが、そなたに課された戦いだ」
男の胸の奥で、深紅の祈紙がゆっくりと光を帯び、ほどけていく。
罪が消えたわけではない。 けれど、呼吸が少しずつ整い始める。
男は涙を拭い、まだ見ぬ我が子と、奪ってしまった命の両方を背負って生きていく覚悟を決めた。
「……神様。逃げずに、生きます。ありがとーな」
天界では、毘沙門天が厳しい表情のまま、少しだけ目を細めた。
「ふん。重たい祈りであったわ」
隣で見ていた恵比寿が、静かに扇を閉じる。
「……よぃよぃ。生きてこそ、ですな」
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