私は「ママ」としてじゃなく「私」として子育てを見つめたい
子育て系のWeb記事を読んでいた。
「ママが抱える不安にはこんなものがあります」
数年前まで読み漁っていたジャンルだが、妙に違和感を覚えた。
ママに共通する悩みはもちろんある。
反抗期がすさまじいとか、一年生の壁が乗り越えられないとか。
だけど、その試練でもたされる衝撃度は人それぞれ。
そこが無視されているような気がしてならない。
試練に勝つのが前提というか。いや、勝たないと仕事ができないとか生活に差し障りがあるだろうけど。
「うまく乗り越えなきゃ、母としてダメなん?」
と、行間を深読みして自己批判する私には疑問だった。
みんな納得したいんだろうなぁとは思う。
目の前で荒ぶる妻の背景を知りたい、とか、自分自身のイライラに振りまわされている原因を知りたくなる、とか。
そうじゃないと怖いもんね。
その怖さの正体が不安なんだけれど。
でも、ずいぶん「一緒くた」にされているなと思って。
私はママである前に「私」なのに。
乗り越えるのも今か後か、選んでもいいじゃない。
苦しみが長くたって向き合う時間が長くなったっていいじゃない。
もちろん疲れるし苦しいよ。悩みなんてない方がいい。
でも、目指すところって一つなのかな。家族がみんな笑っている中、ママだけが作り笑いしてる状況は決してよくないと思うけど。
だけど、ちゃんと解決すべきって促される。
乗り越えないと子どもが幸せじゃないよ、っていう世の先輩からの圧力を感じて仕方がない。
子どもに個性しかないように、ママにも個性しかないですよ。
親子が出会って、子どもの成長に合わせてトラブルが起きる。
それは必然です。
その中で親が自分のふるまいや過去を見つめてもいいじゃないですか。
成熟した状態で子どもを授かればいいけれど、そんな人間いないでしょう。20~30代は若いのだから。
「私はこの子にどうやって向き合っていこうか」
そう考えて失敗を重ねるのが当たり前となった方がラクではないか。
問題は「自分らしく子どもと関わるには」を真剣に悩む時間も余裕がなさすぎるってこと。
だから、夫の仕事の時間を減らしてよ、夫婦の子どもなんだから。
他の国では15時に仕事が終わると聞きましたよ?
妻にトラブルがあったときは「実家に頼れる人いないの?」が出てくる世の中、そろそろなんとかしないと。
親子関係は多様化しているんだから、実家がない人だってたくさんいます。
ケアを担当するように言われた人がこんなに息をひそめて暮らすのはちょっと無理ですよ。不公平感はいずれ爆発します。
私はすべてが「ママ」になったつもりはないですから。
「私」として子育てを見つめていきたいと思っているのです。
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