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迷惑をかけないように育ったのに、盛大にやらかした話

周りの人に迷惑をかけないように、と言われて育った。

電車の中では騒がない、列に割り込まない、大丈夫じゃないのに「大丈夫です」と脊髄反射。

周りを見渡せば、同じように生きている人が多いように思う。

気づけばわたしも、助けを求める側より、助ける側にいる方がずっと自然になっていた。

おまけに看護師でもあった。街で高齢者が荷物を持って階段を降りようとしていれば、転倒転落が気になってしまい、自然と手が動いた。道に座り込んでいる人を見かければ、声をかけながらさりげなく脈を触知した。「困っている人を助ける」ことが、呼吸と同じくらい当たり前になっていた。

だから、自分が助けられる側になるとは、思っていなかった。

オーストラリアで一番南極に近いタスマニア。中古車を買ったのは、ワーホリ半年に入った頃だった。
購入したとき、友人と話した。「車のこと、もっと詳しくなりたいね」と。その言葉が伏線になるとは、そのときは知らなかった。

最初の異変は、仕事先である60km先のチェリー農園に向かう途中だった。残り10kmあたりから、ボンネットからドンドン音がし始めた。「なんか踏んだ?」「動物でも入り込んだかな?」友人と話しながら走り続けた。職場に着いてボンネットを開けても、何も見えない。その日はそれ以上の不調もなく、家に帰り着いた。

数日後。急勾配の坂道を下ろうとしたとき、突然車の制御が効かなくなった。高速道路が目前に迫る。頭の中で、もし自分一人なら最悪事故っても、という考えがよぎった。でも助手席には友人がいる。巻き込むわけにはいかない。何が起きているかもわからないまま、ブレーキペダルを踏み、左手でサイドブレーキを全力で引いた。高速道路の一ブロック前でなんとか止まった。ボンネットから煙が出ていた。

二人とも、言葉が出なかった。

すぐ目の前に自宅が見えた。車は道路のど真ん中に止まっている。残り20m。途方に暮れていると、ちょうど、4WDから降りてくる帰りがけのご近所さんと遭遇した。目元や鼻、耳、数えきれないほどのピアスが彼女の顔できらめいていた。
「なんかあった?大丈夫?」
車が故障したと伝えると、「ちょっと待ってて」と言って家の中に消えた。戻ってきたとき、ぞろぞろと五人ほど人が出てきた。シェアハウスだったらしい。体格のいい男性が三人いた。一人が運転席に回り込み、他の人たちが車を押してくれた。坂を滑り落ちないように、ゆっくりゆっくり。道路脇に寄せてくれた。

ありがたかった。でもそれと同じくらい、居心地が悪かった。

その後出張の自動車整備士を呼んで点検してもらうと、エンジンを冷やすための冷却水、クーラントが空っぽになっていた。きっとオーバーヒートを起こしていたんだと思う。水を補充したからこれで車は大丈夫だろうと言われた。

二日後、また煙が出た。
ファームの上司に声をかけ早退し、整備工へ向かうことにした。タスマニアの道はほとんどが高速道路で、アップダウンの激しい山道が続く。帰り道、高速を走っていると再び異音。そこで初めてメーターを見た。針はHotを指していた。

ここで止まるわけにはいかない。整備工まであと少し。そう言い聞かせながら走り続けた。やがて街が見えてきた。あと少し、あと少し。

メーターが突然、HotからColdに振り切れた。
本格的にやばい、と思ったとき、信号に引っかかった。
信号が青に変わった。アクセルを踏んだ。

もう車は動かなかった。

シティの中心、エリザベスストリートのど真ん中で、車が完全に止まった。エンジンが焦げ付くような嫌な匂いが鼻をつく。バックミラーには迫る後続車。とりあえずハザードを焚いた。友人と顔を見合わせた。「終わった」と思った。

スマホを持つ手は震えていた。どうすればいいかわからないまま、頭の中は空回りしていた。そんなとき、窓の外に人影が見えた。
ドウェイン・ジョンソン風の刺青の入った体格の良い厳ついおじさんだった。注意されると思った。こんなど真ん中に止めやがって、と。でもおじさんの表情は、予想と全然違った。
「車押そうか?」
思わず気が抜けた。おじさんと友人に押してもらい、わたしはギアをニュートラルにして、ハンドル操作。なんとか路肩に停めた。

そのあと牽引会社を探す電話が、また大変だった。
英語で電話をかけること自体、もともと抵抗があった。それでも、やるしかない。少しイメージトレーニングをしようとしたが、そんな場合じゃないと、とりあえずボタンを押した。上ずった声で話し始めると、牽引を意味する言葉すらわからないことに気づいた。「Pull overした」と意味のわからない言葉を使ったが、電話口の相手が汲み取ってくれた。

夏の暑い日。オーストラリアは車故障のハイシーズン。かけては断られ、また別の番号にかける。その繰り返しだった。2回目の電話からは、Towing(牽引する)という単語を調べてドヤって使った。
この日、新しい英単語を一つ覚えた。

最終的に、一度「また掛け直してくれ」と言った会社が引き受けてくれた。
原因は車の冷却装置であるラジエーターの故障だった。ホースに穴が開いていたらしく、総入れ替えが必要だと言われた。牽引代と修理代を合わせると、10万円近い出費になった。

不運は続く。同じ日、チェリー農園から連絡が来た。今季のチェリーの収穫作業が終了。突然の出費とともに職も失った。二人とも途方に暮れた。

車が壊れたあの日、わたしたちはラジエーターという言葉もクーラントという言葉も、ギアをニュートラルにすると車が簡単に動くことも何も知らなかった。「車に詳しくなりたいね」という言葉が、頭をよぎった。フラグ回収にしては、代償が大きすぎた。

後日、ご近所さんにラミントンを持っていった。
何か言葉にしたかったのだと思う。でも英語で感謝を伝えることも、あの入り混じった気持ちを整理することも、うまくできなかった。だから、形にするしかなかった。ラミントン以上のものを渡すのはやりすぎだと知っていた。受け取ってもらえた。それでも、胸のざわざわは消えなかった。

あのおじさんの顔が、今でも忘れられない。バックミラー越しに、車を押すおじさんはとても嬉しそうに見えた。その隣で一緒に押している友人は、気まずそうな顔をしていた。その対比が、妙におかしかった。

あとがき的なもの

noteではこれからも、体験して初めてわかったことや、リアルな失敗談を書き続けていくつもりです。

ワーホリのきっかけとなった出来事はこちらにまとめています。

オーストラリアワーホリの手続きや準備など、実用的な情報はKindle本にまとめています。体験談ではなく、渡航前に手元に置いて使えるガイドブックとして作ったものなので、ワーホリを検討している方はあわせて読んでもらえると嬉しいです。



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