見出し画像

「こんな簡単なことなんでしないの?」と言う人は、まず自分でやってから言いましょう

SNSを眺めていると、「こんな簡単なことなんでやらないの?」と言ったことを定期的に目にします。

政治、行政、企業の制度設計、システム開発などなど。
あらゆる分野に対して、まるで自分ならすぐにでも解決できるかのような口調で「なんでこんな簡単なことができないの?」と言い放つ人たちがいます。最近では消費税についてSNSで何か騒いでいる人がいましたね。

まず自分でやってから言ってください。

よくある例を一つ挙げます。

「消費税の計算なんて、システムで簡単に反映できるでしょ? 電卓でも0.8かけたり1.1かけたりすれば一瞬じゃん」

はい、電卓で消費税を計算すること自体は簡単です。それは誰でも知っています。

しかし、それを「会計システム」として実装するとなると、話はまったく異なります。

軽減税率の対象品目はどう判定するのか。
税率変更が発生したとき、過去の取引データとの整合性はどう担保するのか。
請求書のフォーマットはインボイス制度に対応しているか。
端数処理は切り捨てか四捨五入か、取引先ごとに異なるルールにどう対応するのか。
複数の税率が混在する取引の仕訳はどう処理するのか。
そのシステムを何千、何万の企業が毎日使うとき、エラーが起きない設計になっているか。

「会計システム」になると結構面倒なんですよね。
現実世界に「3個で1000円」の商品ありますよね。これの1個当たりの金額はいくらでしょう?333.33333……円?これを切り捨てると1個当たり333円になります。
では、この3個で1000円で発注した商品が1個は今月。残りの2個は来月来るとなったらどうでしょうか?
今月は1個受け取っているので333円支払うのでいいかもしれませんが、来月受け取るときはいくら支払えばよいでしょうか?333円が2個なので666円?でもそうしてしまうと、当たり前の話ですが合計金額が999円になってしまい、発注した時の1000円よりも1円少なくなってしまいます。そのためどこかで端数寄せをする必要が出てきます。では、これに消費税がかかわってきたら?よりややこしいことになりますよね?

……はい、ややこしいですよね。そう、ややこしいんです。

「0.8をかければいいだけ」と言っている人は、こういった面倒なこと、複雑さの存在すら認識していません。電卓を叩くことと、会計システムを設計・構築・運用することは全く異なるわけです。

このややこしさを知らないまま「簡単でしょ?」と言えてしまうのは「やったことがないから」です。
やったことがないから、簡単に見えますし、簡単に見えるから、やらない人間を馬鹿にできるのでしょう。
1を知って100を知った気になれるのは無知だからに他なりません。
この構造は、あらゆる分野で繰り返されています。

消費税に限った話ではありません。

「少子化対策なんて子育て支援を手厚くすればいいだけでしょ」。それが「いいだけ」でないから何十年も解決していないのです。それが出来ていないから先進国は軒並み出生率を下げています。こういった方が大好きなヨーロッパも大体悲惨な状況です。

「役所の手続きなんて全部オンラインにすればいいじゃん」。セキュリティ、本人確認、高齢者対応、法的要件、既存システムとの連携。一つひとつが巨大な課題です。

「学校教育なんてカリキュラムを変えればいいだけ」。教員の研修、教材の開発、評価基準の設計、保護者との合意形成、予算の確保。「変えればいい」の裏側に、いくつの工程があるか想像したことがあるのでしょうか。

どの分野でも、「簡単でしょ?」と言う人は例外なく、その分野で実際に手を動かしたことがない人です。
実際にやったことがある人は、それが簡単ではないことを身をもって知っているので、軽々しく「簡単」とは言いません。

こう書くと、こういう反論をする人がいるかもしれません。

「じゃあ、やったことがない人には発言する資格がないのか?」

発言する自由はあります。それは大前提です。

ただ、そんな高尚な権利とか発言する自由などではなく、もっとシンプルな話です。
やったことすらない人の意見は、多くの場合的外れすぎて意見にすらなっていないということです。

意見には最低限の解像度が必要です。
現場で何が起きているかを知らず、実装の難しさを理解せず、制約条件を把握していない人が「こうすればいいじゃん」と言ったところで、それは意見ではありません。ただの妄言です。そんな妄言をはいて「私は馬鹿です!」と世界に自分の無知蒙昧をアピールする必要はないと思います。

もちろん、外部の視点が有効な場合はあります。
現場にいる人には見えない盲点を、外の人が指摘することはあり得ます。しかしそれは、少なくとも現場の状況をある程度理解した上での指摘であって、「電卓で0.8かければいいじゃん」というレベルの話ではありません。

なぜこうした「簡単でしょ発言」がSNSで蔓延するのか。
理由として二つくらいあるのかなぁと思います。

一つは、無知が自信を生むという構造です。

これはダニング=クルーガー効果と言われたりもしますが、ある分野について知識が少ない人ほど、自分の能力を過大評価する傾向があります。
少しだけ知っている状態が、最も自信に満ちているわけですね。
深く知れば知るほど、自分の無知に気づいて慎重になります。
専門家であれば専門家であるほど様々な要素が見えてしまうからこそ断言できないという事ですね。
SNSで「簡単でしょ?」と断言できるのは、その分野について浅くしか知らないからこそです。

もう一つは、「指摘する側」が気持ちいいからです。

「なんでこんな簡単なことができないの?」と言うとき、発言者は自動的に「わかっている側」のポジションに立てます。
相手は「できない側」に置かれるわけですね。
この構図が、発言者に心理的な優越感を与える。実際には何もわかっていないにもかかわらず、です。
傍から見ているとただの自分は無能アピールでしかないのですが、本人は全能感にあふれているのでしょう。

もし本当に「簡単」だと思うのであれば、やればいいと思います。

消費税の計算が簡単なら、会計システムを作って公開してみるといいでしょう。
少子化対策が簡単なら、具体的な政策を立案して効果を検証してみてください。
教育改革が簡単なら、一つの教室でもいいから実践してみるといいのではないでしょうか。

皆が苦労してくれることを一瞬で解決してくれる、文字通り救世主になることが出来るでしょうし、SNSでちっぽけな自尊心を満たすだけでなくもっと直接的な賞賛を得ることが出来るでしょう。

やったことがある人は、安易に「簡単」とは言いません。
やったことがある人は、他人の仕事を「なんでできないの?」とは言いません(いやな正確な人は言うかもしれないですが)。
やったことがある人は、目に見えない複雑さへの敬意を持っています。

「こんな簡単なことなんでしないの?」。

こう思った瞬間、自分自身何もそのことに対して理解していないというセンサーにするといいのかなぁと思います。

いいなと思ったら応援しよう!