「インターネット」と「SNS」の終焉
最近がっかりすることが増えたので強い言葉を使ってみました。
インターネットの終焉
広告の増加
ンターネットやSNS上での広告は過剰に増加しており、ユーザー体験を著しく低下させています。
多くのウェブサイトやアプリは、利益を追求するあまりに、コンテンツよりも広告を優先させているため、情報を探したり、コンテンツを楽しむことが困難になっています。
当然サーバー管理費などコンテンツ以外のインフラにもお金がかかりますが、広告ブロックを使わないとスマホなどではコンテンツ自体が見れないといったことも発生しています。
中身のない記事の増加
インプレッションやクリックを稼ぐために、質よりも量を優先する傾向があります。これにより、表面的で、中身のない記事が氾濫し、信頼できる情報を見分けることが難しくなっています。
例えば私はスマホの「OPPO Reno 5a」という機種をサブ端末として使用しています。
充電器をつなぎっぱなしで画面をずっと表示させるなど、バッテリーに対して負荷をかけているので、バッテリー性能を見たくなりました。
「OPPO Reno 5a」には通常のAndroidのように「電池性能」のメニューがありません。そのためそもそも方法があるのかと検索するとこういった記事が出てきます。

一番上は知恵袋だったので、2番目の記事を開きました。
OPPOスマホの電池の減りが早い!バッテリー状態の確認方法と電池の寿命を延ばす方法
このページを開くと次のような内容が出てきます。

このメニューがOPPOのAndroidをラップしたColorOSでは表示されないため今回調べているわけです。ほかにもこういった記事ばかりです。できないことを堂々と書かないでほしいです。
これ以外にもSEO対策ばかりで内容のない記事であふれていて、それが検索結果の上位に表示されます。
センセーショナルなニュース記事
ユーザーの注目を引くために、事実よりも感情に訴えるセンセーショナルな内容が増加しています。これにより、重要なニュースや情報が埋もれ、社会全体の情報リテラシーの低下を招いています。
どういった記事を見ても「不倫」「炎上」、女性なら「彼氏」、有名人なら「年収」などそんなことばかりがサジェストに表示されます。
そして当然内容はありません。「いかがだったでしょうか」ですよね。
また、少し前に個人的に「スカイツリーっていくらかかったんだろう?」と調べても「みずほ銀行のシステムはスカイツリー●●本分!」といった内容の記事しか出てこず辟易とした記憶があります。
消えた個人ブログ
いつからか検索結果に個人ブログが出なくなった印象です。
以前はいわゆるその界隈の「オタク」と呼ばれるような人の、採算度外視で作った試行錯誤が詰まった「濃い」ブログも検索結果に表示されていましたが、それも見なくなりました。
表示されるのは中身のない、それどころか正しい情報も書いていない内容ばかりです。
公式ドキュメントを確認するか、最近は本を確認することが増えました。
レビューのできないレビュワー
インターネット上では、とかく評価をさせる機会が多いです。
アプリのレビュー、商品のレビュー、お店のレビュー、場所のレビュー、イベントのレビュー……、世の中評価であふれています。
ただ、そもそも「評価」というのは高度な技術です。
「何かに直接求められて評価した」ことがある人がどれだけいるでしょうか。
会社だと「人事評価」ですね。社長や法人に頼まれて評価をしたといえるでしょう。これは多くの会社が管理職という限られた人にしか権利を与えていないでしょう。
「私の創作物を評価してください」というのも先生(技術や知識で優れている)や本当にうまい人しか言われません。
それ以外はただの雑談か、井戸端会議でしょう。
世の中のほとんどの人が「何かに直接求められて評価した」ことはないはずです。
そういった人たちがネット上で評価をするため、Amazonの商品の評価欄は
「商品の評価なのに配送業者の評価をしている」「重量やサイズが明記されているのに、思ったより大きかった(記載のサイズ通り)」のような何の参考にもならないレビューであふれ、アプリのレビューにも「(対応言語が書かれているにも関わらず)日本語対応されていないので★1」といった事が発生します。
本人たちは「ちゃんと評価をしている」のだと思いますが、残念ながら評価する能力がない または 不足しているのでこういった事が起きてしまいます。
インターネットの終焉
現在進行形で起きているように思います。
これから先、生成AIで無限に量産される記事で埋め尽くされても行くでしょう。
現在は死語になっている「ググレカス」という言葉がありましたが、今はググっても出てこない時代に突入していると思っています。
SNSの終焉
東日本大震災後、Twitterに人が増えたと思っています。
それからスマホが普及し、より加速していきました。
情報収集の手段としての初期のSNS
SNSが普及し始めた当初、多くの人々はこれを迅速な情報収集ツールとして活用していました。まだパソコンで「Janetter」などを使ったりしながらアクセスが多かった時代です。
災害時の安否確認、ニュースの速報、専門知識の共有など、リアルタイムでの情報交換が可能であり、様々な情報の交流ができました。
このころは現在のような「お気持ち表明」や「誹謗中傷」「プロモーション」の場ではなく、情報交流の場だったと記憶しています。
コンテンツの多様化と質の低下
時が経つにつれて、SNSはエンターテイメント、自己表現、ビジネスプロモーションの場としても利用されるようになりました。その結果、情報の質と信頼性が低下し、エコーチェンバーやフェイクニュースの問題が顕著になりました。これらの問題は、SNSが情報収集ツールとしての機能を果たすことを困難にしています。
現在は情報収集の場としてはDiscodeが主流な印象です。
単語レベルでの認識しかできない人
人がたくさん入ってきたことにより、文字を読むことができない、あるいは文字を読む能力が限定的な人が増えたように思います。
文脈での理解ができず、単語でしか理解できないため、余計な争いが起きている印象が強いです。
リテラシーの低下
過去、2ちゃんねる時代から「炎上」のメカニズムは存在しました。
例えばAとBが対立しているように見えて、実はC(メディア)が燃やす犯人で、それに対してD(メディア)が突っかかって、実はAとBはそこまで対立構造にないのに炎上してしまう。そして、CとDはインプレッションが稼げてうれしいといった構造です。
昔はパソコンを持っている人しかそういったことに触れることができませんでした。当時パソコンでそういった事を行っている人は自分が好きである程度痛い目にもあいつつリテラシーが一定レベルに保たれていました。
しかし、現在はスマートフォンの普及により、以前にも増して多くの人がインターネットにアクセスできるようになりました。これにより、情報に接する機会が飛躍的に増加した一方で、情報の質に対する判断力や、オンラインでの行動の結果に対するリテラシーが低下しているという問題が浮上しています。
結果としてすぐに炎上します。
炎上してうれしいのは誰ですか?ネットニュースを書いている人やマスコミですね。インプレッションが稼げます。
SNSを見ていると「●●が××と言っていたけどありえない!」といった論調で毎日のように炎上していますが、火元が見つからないことが多々あります。
おそらく最近は生成AI(特にイラスト)でしょう。これで炎上させればインプレッションが増えます。
炎上の側面を理解せずに、安い正義感で炎上に加担して、どんどんSNSでの民度が低下しています。
SNSの終焉
「お気持ち表明」や「誹謗中傷」「プロモーション」の場としてのSNSは今後も生き残るでしょうが、情報収集の場としてのSNSは終わりを告げました。
現在はDiscodeのようなクローズドのコミュニティに変化しつつあります。
今後
このようなタイミングでChatGPTのような生成AIが出てきてくれたことは本当によかったです。
インターネットで「検索」することは減りました。
複数タブで情報の取捨選択ということをせずに、Geminiにまとめてもらうこともふえました。
今後はどんどんとこの状況は続いていくのだと勝手に思っています。
