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「私かわいそうでしょ」ビジネス

SNSのタイムラインに、「私かわいそうでしょ!」みたいなのが増えてきている印象があります。

最近目についたのはこれです。

「フリーランスを生成AIに置き換えて外注費が30%カットになった話」。

この手の投稿には、だいたい決まったパターンがあります。「生成AIに仕事を奪われました」というフリーランスの悲痛な叫びですね。

今回はブロガーでしたが、イラストレーター、作曲家、プログラマー、こういったものは枚挙に暇がありません。
先日見かけた件はフリーランス側の投稿に加えて、発注者を名乗る人物まで記事を書いていて、双方ともにしっかりとインプレッションを獲得していました。

この内容が本当なのか嘘なのか、正直なところわかりません。実際にAIへの置き換えが進んでいる領域はあるでしょうし、まったくのフィクションである可能性もあります。
ただ、真偽はともかく、こういった記事が「伸びる」ということだけは確かです。

「私かわいそうでしょ」ビジネスとでも呼ぶべきものが、SNS上で明らかに増えています。

不幸な体験談、理不尽な目に遭った話、弱者としての立場を前面に出したコンテンツ。こうした投稿は共感を集めやすく、拡散されやすいです。
そして拡散されればインプレッションがつき、インプレッションがつけば収益になる。あるいはフォロワーが増え、次のビジネスにつながります。

「AIに仕事を奪われた」という話は、この構造にぴったりハマります。時代の不安に乗っかれるし、共感も得やすいし、「自分も危ないかも」という恐怖心から拡散もされやすいでしょう。
まぁ、旬なコンテンツですね。

きっと、こういった記事は今後どんどん増えていくのだろうと思います。

AIの進化が話題になるたびに、「奪われた側」のストーリーが量産されます。
読む側が不安を感じれば感じるほど拡散され、拡散されればされるほど書く側にインセンティブが生まれる。需要と供給が見事にかみ合っています。

まぁこういった稼ぎ方もあるのは理解したうえで、問題だなぁと感じる点は、こういった体験を消費して数字を稼いでいる人たちの存在は、本当に困っている人の声をむしろ埋もれさせてしまうと思っています。

「あー、はいはい、またこれね」といった感じですね。オオカミ少年みたいなものですね。

「かわいそう」で数字が取れる仕組みがある限り、この流れは止まらないのでしょう。せめて、読む側としてはその構造を意識しておきたいものです。

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