「炎上」は自然発火ではなく「放火」ではないでしょうか
「また炎上してるよ」「あの人やらかしたらしいね」などなど、SNSを眺めていると、毎日のように誰かが燃えています。
ただ、自然現象のように語られる「炎上」ですが、そもそも「炎上」というのは、本当に自然発生的なものなのでしょうか?と言う話です。
たとえば、ある有名人が何か発言をしたとします。
その発言をフォロワーの一部が見て、賛否が分かれるというのは普通のことです。
世の中のあらゆる発言に対して全員が「賛成」で終わることなんてありません。賛否があるのが正常な状態でしょう。
ただ、そこにネットメディアやマスコミが「○○の発言が物議」「ネットで批判殺到」といった記事を出す。
すると、元の発言を見てもいなかった人たちが「何事だ」と集まってくるわけですね。火種に対して、薪を積み上げて油を注いでいるのはメディア側ではないかなと思うのです。
そして薪をくべて得をするのはインプレッションを稼げるメディアです。PV数で広告費をもらっているので収入元の一つと言うわけですね。
少し前の「どんぎつね」に関する騒動を覚えている方はいるでしょうか。CMの演出についてあれこれ言われていましたが、まぁ率直なところ、メディアが取り上げなければ「一部の人がSNSで感想を言っていた」程度の話だったと思います。
こういったどうでもいいことに対して積極的に火をつけて記事にする。もはや「炎上」ではなく「放火」と言った方が正確ではないでしょうか。
放火して盛り上げて注目させてPVを稼ぐ、この構造について考えるとき、どうしても思い出してしまう方がいます。
登山家の栗城史多さんです。もう忘れてしまった人も多いのではないでしょうか?
栗城さんはエベレストの「単独無酸素登頂」を掲げてメディアに大きく取り上げられました。
テレビは何度も特集を組み、著書はベストセラーになり、講演活動も盛況だったようです。
ただ、登山の専門家からは早い段階から実力に対する疑問の声が上がっていました。盛り上がっている最中もです。
この動画を知っている人も多いかと思います。
ピオレドール賞(登山界で最も権威ある賞のひとつ)に選ばれているわけでもなく、他に選ばれている日本人登山家は何人もいるのに、メディアが最も注目したのは栗城さんでした。
なぜか。シンプルに「数字が取れるから」でしょう。
「元ニートが世界最高峰に挑む」というストーリーはわかりやすく、視聴率が取れるでしょう。
専門家の冷静な評価よりも、感動的な物語の方がコンテンツとして優秀だったのだと思います。そうしてメディアが祭り上げた結果、栗城さんは引くに引けなくなっていったのではないでしょうか。
本人の資質によるものではあるでしょうし、取り上げなくても結果は同じかもしれないですが、メディアがまったく取り上げず、世間が注目しなかったらまた結果は変わっていたようにも思います。
2018年、栗城さんはエベレストで亡くなりました。
身もふたもないのですが、メディアにとって「誰かが注目を集めている状態」は商品なんですよね。
持ち上げるのも商品、落とすのも商品です。
炎上して記事を書けばインプレッションが稼げますし、持ち上げて特集を組めば視聴率が取れます。
どちらにしてもメディア側は利益を得る構造になっています。
これは週刊ゴシップ誌がやっていることと本質的に何も変わらないかなと思います。
ただ、かつてはゴシップ誌を読む人は限られていました。今はスマートフォンでニュースアプリを開けば、望まなくてもそういった記事が目に入ってきます。
結果として、普段は穏やかな人までが「放火」に加担してしまう構図になっています。
ただ、メディアがすべて悪いと言いたいわけではありません。報道には社会的な意義がありますし、知る権利を支えているのもメディアです。ただ、「賛否があること」を「炎上」に変換して数字を稼ぐ行為と、報道の使命は別物だと思うのです。
「SNSでこういった書き込みがありました」と言うのも、毎日何百、何千では済まない書き込みの中から1つ2つ選ぶという事にも恣意的・意図が混じり込みます。
美人が存在するだけで嫉妬する人がいるように、何かが目立てば必ず否定的な声は出ます。それ自体は人間の性質として仕方がありません。
ただ、そこに火と油を注いで大火事にする必要があるのかどうか、という事が本当に気になっています。
マスコミやネットメディアの方々も、ご自身の仕事に誇りを持っているのだろうと思います。実際に世の中を動かしてきた自負もあるのかもしれません。ただ、やっていることの一部が週刊誌の芸能ゴシップと変わらないのだとしたら、その誇りはどこに向かっているのでしょうか。
「炎上」という言葉に火事が自然に起きたかのような印象を与えること自体が、少し巧妙だなと思ったりしています。本当は誰かがマッチを擦って積極的に油をくべて、その明かりでお金を稼いでいるのに、みたいな。
そろそろ「放火」と正しく呼んだ方がいいんじゃないかなぁと思う今日この頃です。
