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震度7を「予見できなかったのか」と詰める記者は、マスコミは、二度と「想定外」と書かないでくださいね

熊本の地震で起きたショッピングモールの爆発事故について、運営会社の記者会見が開かれました。

その質疑応答の内容が、あまりにもひどかったので記録しておきます。該当のやり取りを書き起こしました。動画はいずれ消されると思うので、テキストとして残しておきます。

記者「こういった災害が起きて人命が失われるたびに想定外という言葉が言われると思うんですね。予見出来なかったっていうのはそれでいいんですかね?」

吉田社長「基本的に予見ができれば対策を打ちたい思いです。本音として。我々としてはこんな事故を起こしたくもない」

記者「事実3名の方が現状として亡くなられているわけです。どうお考えでしょうか?」

吉田社長「冒頭で慚愧の念に耐えないと申し上げましたけど本当に心より深くお詫び申し上げたいと思っております。我々の施設で人命を失うということの重さを痛切に感じております」

以上が、実際のやり取りです。


まず、前提を確認します。

震度7です。

気象庁の震度階級で最大の揺れです。耐震性の高い建物すら傾くことがあるとされる、この国の観測体系における上限の災害です。その直後に発生したガス漏れによる爆発でした。

企業に災害への備えを問うこと自体は、報道の正当な仕事かとは思います。ガス設備の点検体制はどうだったか。避難誘導は適切だったか。再発防止策はあるかなどの対策も、今後として必要でしょう。

しかし、この記者がやったのはそれではありません。

「予見できなかったで済ませていいのか」。

震度7の地震とその後の爆発を予見しろと、企業に要求しているのです。
地震の予知は、この国の地震学の総力をもってしても実現していません。発生時刻も場所も規模も、誰にも予見できません。国家的な研究機関にできないことを、小売業の会社にできたはずだと迫っている。

そして「3名が亡くなっているがどう考えるか」。

これは質問の形をしていますが、質問ではありません。冒頭で謝罪と哀悼を述べた相手に、もう一度頭を下げる絵を撮らせろという演出の要求です。答えを引き出すためではなく、うなだれる社長の映像を作るための問いです。


以前のブログで、爆発事故の後に「なぜ建物に戻ったんだ」と被災者を叩く後出しの予知能力者について書きました。

(予約投稿なので、公開が前後します)

まさか報道機関が、匿名アカウントと同じことをするとは思いませんでした。

いえ、訂正します。もっとひどいです。
匿名アカウントの後出しは無責任な個人の憂さ晴らしだったり、悲痛な現実からの現実逃避のためもあるでしょうが、記者会見での詰問は、会社の看板を背負い、公共の電波と紙面に乗ることを前提とした、組織的な後出しです。

質問した記者だけでなく、その質問を通した会社と、そのやり取りを報じる価値があると判断した各局・各紙、全員の判断としてこれが世に出ています。


ここで、一つお願いがあります。

この質問をした記者と、その所属媒体は、今後二度と「想定外」という言葉を使わないでください。

「想定外の豪雨」「想定外の円安」「想定外の結果」。報道は日常的にこの言葉を使ってきました。自分たちの見出しに、原稿に、解説に。

企業が「予見できなかった」と言うことを許さないのであれば、報道が「想定外」と書くことも許されないはずです。理屈は完全に同じだからです。あなたたちはプロの報道機関なのだから、あらゆる事態を予見して報じられたはずですよね?

選挙結果を外した予測記事。的中しなかった経済見通し。見抜けなかった企業の不祥事。事前に報じられなかった事件。これらすべてについて、「なぜ予見できなかったのか。それで済ませていいのか」と、社長ではなく編集局長が詰められる会見を開くべきではないでしょうか。

誠実な報道機関なのですからきっともうすでにやっているかもしれませんね。


以前のブログで、マスコミは報道機関ではなく混乱を生み出す装置なのかもしれないと書きました。また、逮捕された時点で人生が詰む国の話や、謝罪する側を燃やし続ける構造についても書いてきました。

今回の会見は、その全部の縮図です。

災害対応の渦中にある企業の時間を会見で拘束し、答えようのない問いを投げ、謝罪の絵を要求し、その映像でニュースを作る。視聴者の怒りを企業に向けさせて、数字を稼ぐ。災害という悲劇が、コンテンツとして消費されていく。

亡くなられた方のご遺族が本当に必要としているのは、社長がもう一度うなだれる映像ではありません。原因の究明と、誠実な補償と、再発の防止です。そのどれにも、あの質問は一ミリも貢献していません。


そして、この災害をめぐる報道のひどさは、記者会見だけではありませんでした。

震災の緊急対応にあたる高市総理を撮影した映像が、不自然に揺れていたのです。テレビ朝日のカメラです。

プロの報道カメラには手ブレ補正機能がついています。三脚もあります。同じ場面の他社の映像は揺れていません。機材の問題でも環境の問題でもないとすれば、残る説明は限られてきます。

実はこれ、初めてではありません。
今年の6月にも、それ以前にも、高市総理の映像だけが不自然に揺れている、斜めに傾いている、と話題になったばかりです。総理の「不安定感」を映像で演出する印象操作ではないかという指摘が、そのときから出ていました。さらに遡れば、総裁会見の前にカメラマンの「支持率下げてやる」という発言が漏れて、時事通信社が謝罪する騒動もありました。

前科と呼んでいい積み重ねだと思います。

そして今回は、時が時です。

震度7の地震が起きて、爆発事故で人が亡くなって、救助と復旧が続いていて、国民が正確な情報を必要としている、まさにそのときです。総理の会見映像は、避難している人たちが命に関わる判断のために見るものです。

その映像で、印象操作ごっこをしている。

いつまでこんなことをやっているのですか。時と場合を選んでください。政権が気に入らないのは結構ですが、災害の緊急報道は、あなたたちの政治闘争の舞台ではありません。


企業の対応に問題があれば、事実に基づいて厳しく追及すべきです。それが報道の仕事です。

しかし、震度7の直後の爆発を「予見できたはずだ」と詰めるのは、追及ではありません。安全な席から、答えられない問いを投げつけて、相手が沈む様子を撮る行為です。

そういうものには、報道という名前ではなく、別の名前がつくと思います。

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