【生存戦略】怒りのバロメーターを読む ― その怒りは、危険信号か、地雷原か
どうも!
わかめラーメンに増えるワカメちゃん足して大変なことになった
左官歴10年の女職人、こはるです🐱
今日は「怒る・怒られる」ということについて考えてみようと思います。
私は、怒られるのは嫌です。
できれば怒られたくない。
穏やかに生きたい。
願わくば猫のお腹に顔をうずめて深く息を吸い込みながら、何事もなく一日を終えたい。
でも見習いのときは、現場で怒られてばかりいました。
その怒りには、よく見るとさまざまな色がついていました。
それを全部まとめて
「怒られた」
で片づけるには、少しもったいない気がしているんです。
怒りは、正しいとは限りません。
でも、自分を守るための情報にはなる。
今日は、そのお話を書いてみます。
怒ると叱るは、少し違う
私の中では、
怒るは感情ベース。
叱るは事実ベース。
そんなふうに分けて考えている。
怒る、は、
「腹が立った」
「怖かった」
「困った」
「許せなかった」
「そこに踏み込まれたくない」
という、自分の感情や境界線が反応している状態。
叱る、は、
「今、何が起きているか」
「何がまずかったか」
「次にどうしてほしいか」
「なぜそれを直す必要があるか」
をきちんと伝えること。
もちろん、現場で完全に無感情に叱るなんて、なかなかできない。
危ないことをされたら、かなり焦る。
大事な道具を雑に扱われたら、声が強くなることもある。
何度も同じミスをされたら、「何回言わせるんだ」とうんざりする。
だから、怒ること自体が全部悪いとは思わない。
ただ、その怒りが、
相手の行動を直すために使われているのか。
それとも、自分の感情をぶつけるために使われているのか。
そこは、分けて見た方がいいと思っている。

怒りは、重要度を教えてくれることがある
私にとって怒られることは、
ただ怖い、嫌だと避けるものではない。
現場では、相手の怒り具合が、そのまま危険度や重要度を教えてくれることがあるからだ。
普段は穏やかな人が、急に強く止めるとき。
「それはダメだ」
「そこに立つな」
「それは触るな」
「今すぐやめろ」
そう言われた時は、だいたい本当に避けなければならない。
脚立。
刃物。
電動工具。
足場。
重い材料。
落下物。
仕上げ道具。
配合。
養生。
そして、その人が大切にしているもの。
新人のうちは、何をしたらいけないのか、まだよく分かっていないこともある。
だから、怒られた内容だけではなく、
どのくらい強く止められたのか
が、ひとつの重要な指標になる。
「あ、これは軽く見ちゃいけないやつなんだな」
と、少しの不快感とともに心に刻むことができる。
逆に、すべてを同じように穏やかに、または軽い口調で言われたら、
本当にまずいことなのか。
ふざけているだけなのか。
はたまた、雑談なのか。
受け取る側から見たら、はっきりしないこともある。
だから私は、怒るのではなく、
叱ることがとても大事なことだと思う。
もちろん、怒られるのはショックだ。
でも、そのショックを避けようとして、次から気をつけるようになることもある。
怒られたショックで終わらせるのではなく、
その怒りを、現場における危険度・重要度を測るバロメーターにする。
そう考えると、ただ凹むだけでは少しもったいない。

その人の地雷原が見えることもある
怒りが教えてくれるのは、現場全体のことだけではない。
その人が、何を大事にしているか。
どこを踏まれると嫌なのか。
どこから先は許せないのか。
そういう、その人自身の地雷原が見えることもある。
道具を雑に扱われるのが許せない人。
段取りを崩されるのが嫌な人。
汚されるのが嫌な人。
安全を軽く見られるのが本当に無理な人。
礼儀を欠かれると一気に距離を置く人。
報告がないことを何より嫌がる人。
その人が現場で何を大事にしているのか。
何を守ろうとしているのか。
何をされると信頼できなくなるのか。
怒りには、そういう情報がにじむ。
だから私は、誰かが怒った時、
「何に怒ったんだろう」をまず見る。
怖いから言うことを聞く、ではない。
機嫌を取るために従う、それもしたくない。
でも、この人と仕事をしていくなら、ここは踏まない方がいいんだな。
そういう、自分を守るための地図としてなら受け止められる。
それは忖度ではなく、自分が現場で快適に過ごすための情報収集の一環だ。

ただの八つ当たりは、受け取らなくていい
だから、全ての怒りを真面目に受け取る必要はない。
怒りには、役に立つものもあれば、ただの八つ当たりもあるからだ。
毎回怒鳴る。
理由がその日によって変わる。
人によって態度が違う。
説明させない。
人格を攻撃する。
ミスの内容ではなく、相手そのものを否定する。
それらはただ、機嫌が悪いだけ。
そういう怒りは、現場の危険信号というより、
怒っている本人が歩く地雷原になっている。
そこから学べることは多くはない。
学ぶより先に、自分の心が削れる。
「私が悪いのかな」
「また怒らせたのかな」
「どうすれば正解だったんだろう」
と、終わりのない迷路に入る。
しかも、ただの怒りには正解がない。
それは、こっちがうっかり踏んでしまった地雷ではなく、
相手が勝手にそこら辺にばらまいてくる地雷。
マキビシかっつーの。
そういう時は、何かを学び取るより先に、
どう距離を取るか。
どう巻き込まれないか。
誰に相談するか。
を考えた方がいい。
適切な距離感を把握してから、学べることを探すべきだ。
ものには順序ってものがある。
そういう怒りでも、一種の情報にはなる。
でも、全部を自分の責任として受け取る必要はどこにもない。

心の距離を取るのも大事。
怒られた時に見るところ
怒られた時、私はできるだけ、いくつかに分けて見る。
まず、何が起きたのか。
本当に危なかったのか。
仕上がりに影響することだったのか。
道具や材料を傷つけることだったのか。
段取りを崩すことだったのか。
相手の大事にしているラインを踏んだのか。
そこで、今後の動きを修正する。
次に、その怒り方は妥当だったのか。
強く止める必要があったのか。
ただ声が大きいだけなのか。
人格攻撃になっていないか。
説明する余地があるか。
次にどうすればいいかが分かる怒り方か。
そこで、距離感を調整する。
そして最後に、自分はどう動くか。
謝るのか。
確認するのか。
次から避けるのか。
距離を取るのか。
相談するのか。
無視して心のゴミ箱に捨てるのか。
そこで、その人に対峙するスタンスを調整する。
とはいえ、こんな偉そうに語っていても、
怒られた瞬間に冷静に判断するのは難しい。
私も普通にムッとするし、内心で文句も言う。
たまーに、心の声をお漏らししてしまうこともある。
だから、考えるのはあとからでいい。
あの人は、何に怒っていたのか。
それは現場の危険信号だったのか。
その人の地雷だったのか。
ただの機嫌だったのか。
そこを見直すだけでも、次の動き方を少し変えることができる。

叱る側にも、バロメーターは必要
ここまでは、怒られる側の話をしてきた。
これは、怒る側にも同じことが言えると思う。
自分が怒っている時。
それは、本当に相手に強い調子で伝える必要のあることなのか。
現場の危険を止めるためなのか。
同じミスを防ぐためなのか。
それとも、自分のイライラを相手に投げつけているだけなのか。
ここは、けっこう見ないといけない。
怒りは出てもいい。
でも、それをそのまま相手に投げつけたら、叱るではなく、ただ怒っただけになる。
叱るなら、怒りを事実に変換したほうがいい。
「何がまずかったのか」
「なぜ危ないのか」
「次はどうしてほしいのか」
怒りながらでいいから、そこまで言って、
ようやく相手の行動を直すための言葉になるんだと思っている。
それができないまま怒鳴り散らすなら、
それは指導ではなく、自分の感情処理になってしまう。
参考になるかは分からないが、私なりのザクッとした判定基準。
強さの判断は、受け止め方にもよると思うけど…
もしよかったら、過去の怒りの色を見てみてほしい。

怒りに、ただ怯えるのはもったいない
こんな感じで、私は怒りはただ怯えるだけのものではないと思っています。
怒られたから全部飲み込む必要はない。
怒られたから全部反発する必要もない。
その怒りがどこから来たのかを、見る。
そうすれば、見えてくるものがあるかもしれません。
ちなみに、私が師事していた親方は、それはまぁおもろい人でした。
自分でまいた地雷を自分で踏み抜いて、人にぶつけてくるような側面があったんですww
たとえば、使い捨てのゴム手袋。
再利用しようと思ったのか、親方が手袋を外してその場に置く。
一服から戻ると、
「誰じゃ、こんなところに使いさしの手袋置いたのは!
こんなものは捨てろ!!
だからお前らはだらしないんじゃ!!!」
とキレ散らかす。
またある日、老眼鏡がないと言って、
「お前ら、勝手に人のものを片付けるな!!
どこに置いたかわからなくなるだろ!!
動かせばいいってもんじゃないんじゃ!!!」
とキレながらこちらへ歩いてきた。
額に老眼鏡をつけたまま。
どないせぇっちゅーねん。。😿
まぁ、そこで大人しく黙っている私ではないので、どう対処したかは……
ご想像におまかせします笑
このように、怒りは正しいとは限りません。
でも、その情報をどう扱うか。
それを見分けることが、現場で自分を守る上での、
小さなバロメーターになるのだと思います。
怒ればいいってもんじゃない。
でも、怒らなくていいわけでもない。
これが、私の持論です。
みなさんは、どう思われますか?
地雷を踏み抜く前に、感覚を研ぎ澄ませ!
疲れたら、にゃんこに癒されてください🐱

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