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【noteでBL企画】竜胆の花は咲き乱れる

なみ様の#noteでBL 企画に初参加させていただきます!
 企画の詳細記事はこちら↓ 

 お題は「生きる時間」。
 死別カプどんと来い企画ですって! あら大変!
 ……って私、基本的には死別を書かない主義なんだけど、死は扱うし書きたいなぁ、どうしようかな……って考えを巡らせていて、はたと気が付いたんです。
 死別カプ、いるっちゃいるわと。
 完結済みの妖怪もの小説シリーズ「浅き眠りの夢見鬼」に。
 まぁ、カプって言っていいのか微妙なサブキャラ二人なんですけどね。
 サブキャラなので、メインの二人の様に本編を使って掘り下げてるわけにいかず。
 でも作者としては気に入ってる二人なので、書きおろしとして同人誌なり、配信なりで書きたいなぁなんて思っていた話を……書いちゃいましょうそうしましょう。
 アレがソレなシーンはnote上ではまずいのでそっと省いておきますね……裏では書くんだけどね。
 ソレを網羅したものを、物理本とkindleで出す時におまけとして入れちゃいましょう、そうしましょう。
 元の設定がしっかり濃いめのファンタジーなのと、長編世界からの書きおろしなので、判りにくい所があったらごめんなさい。
 ついでに一万文字以内という大盤振る舞いの企画なのに、意外と短いです。(後で足さなきゃいけないシーンがあるから、それを考えるとこのくらいじゃないと、ごにょごにょ……)
 と先にズルく懺悔しておきます。

 という事で、本文スタートでございます。 


「え、鰻ですか? 申し訳ないですよ」
 申し訳ないと口にしながらも、娘は嬉しそうに眼鏡の奥を輝かせていた。
 台所はまだ整えられていて、特に食材が並べられている様子もない。
「いやいや。むしろひな子さんをほったらかして、外で食べてきてしまった私達の方が悪いんだから。夕食の支度に間に合ってよかったよ」
「でも私、居候ですし」
「いやだなぁ、まだそんなこと言って。君がうちにきて、もう一年以上たつんだから。むしろいつも家の事をしてくれて、助かっているくらいだ。だからたまには贅沢しなさい――土用の丑の日には少し早いけれどね」
 たすき掛けをして捲った着物の袖から、白い腕が伸びる。
 はにかみながら手渡された紙袋を受けとると、ひな子は目の前に立つ初老の男性が、もう一つ紙袋を持っていることに気が付いた。
「ああ、こっちは晶墨あきずみにも分けてやろうと思ってね。あいつは食事だけは雑だからね」
「ふふ、そうですね。さかきさんから鰻だなんて、眞竹さなたけさんも喜びますよ」
「そうだといいね」
「眉間には皺が寄ってそうですけれど」
 二人は顔を見合わせ、くっくと笑った。
 ひとしきり笑った後、榊はちらりと奥へ視線を送る。
 すると、帰宅早々、先に奥へ引っ込んでいった二人が戻ってくるところだった。
「榊さん、すぐ出かけるんですか? お風呂、湧きますけど……」
 人の好さそうな青年、根夢ねむが小走りで近づきながら声をかけてくる。
「ああ、冷めてしまうといけないから。二人共、先に入っていいからね」
 そう微笑みながら答える榊に、仏頂面を向けながら、根夢より少し背の高い青年がゆったりと歩いてきた。
 あさきだ。
「……あんまり遅くなんなよ」
 あさきの、なにか物言いたげな視線から目をそらすと、榊は踵を返した。
「それじゃ、後は頼んだよ」
 そうして振り返ることなく、榊は一人で玄関の外に出る。
 戸をカラカラと後ろ手に閉めると、急に辺りはシンと静まり返った。
 湿気た匂いが鼻をかすめ、空は赤く染まっている。
 一歩、飛び石へ足を踏み出す。
 リーンと風鈴の音が小さく聞こえた。
 その瞬間、肌に纏わりつくぬるい風も、妙に重い空気も一瞬で浄化されるような気がした。
「……風呂は、晶墨の家で借りようか」
 そうつぶやいた声は、不意に鳴き出した蝉の声でかき消された。

§

 榊が足を踏み入れたのは、街道から少し外れた住宅街に佇む、白壁の小さな建物だった。
 二階建ての静かに手入れされた集合住宅。
 建て付けはやや古いが、柱や玄関の木目は丁寧に磨かれ、住人の気配はどこも穏やかだった。
 階段を上がり、部屋の引き戸をくぐると、外の湿気が嘘のように静かな空気に包まれた。
「晶墨、お邪魔するよ」
 榊はそう一声かけると、草履を丁寧に揃え奥へ進む。
 板張りの廊下、壁際に低く据えられた本棚。
 隅々まで整っているのに、生活感は必要最低限。
 他人を入れるにはそっけないが、一人で過ごすには充分すぎる部屋だった。
 茶の間に足を踏み入れると、そこには自分よりは少し若い男性が、甚平姿でくつろいでいた。
 普段はオールバックに整えている前髪は降ろされ、少し湿り気を帯びている。
「鍵はかけたほうがいいよ、晶墨」
 そう声をかけると、晶墨と呼ばれた男は呆れたように笑った。
「そうやって、先輩がふらっと入ってくるからですよ」
「まぁ、それはそうだろうけど」
 苦笑いをしながら慣れた様子で榊が座り込むと、逆に晶墨は席を立ち、玄関へ向かう。
 しばらくして、後ろで錠の落ちる音が聞こえた。
 背後から足音が近寄ってくる。
「それで、今日は何です?」
「まぁ、何というか、結局はいつもの感じだけれど。――今日は鰻を買ってきたんだよ」
 先ほどと同じ場所に座った晶墨の前に、榊は紙袋から出した包みを差し出す。
 白い包み紙の隙間からは、ほのかに香ばしい匂いが漂ってくる。
「……なるほど、鰻ですか」
「今日、根夢達と浅草に行ったからね、たまにはお前にもと思って」
「ありがとうございます。と言いたいところなのですが……」
 晶墨は、ちゃぶ台の上に置かれていた包みを榊の前に差し出す。
「……もしかして、これも鰻かい?」
 薄茶色の紙に包まれたそれは、榊の持ってきた物と大きさはそっくりだった。
「ええ、ちょうど帰り道でいい匂いをさせていたので」
 そう言って、晶墨の眉が小さく寄せられた。
「ふふふ、奇遇だね。しかたない、それなら交換して食べようか」
「構いませんけど……食べてきたんじゃないんですか、浅草で」
「食べてきたよ。だけど、捨てるわけにはいかないだろう? 大事な命を頂戴するのだから」
「それは勿論ですが……。大丈夫ですよ、自分が食べますから」
「二人前を丸々かい? 若いね」
「若くはありませんよ」
「私よりは若いだろう?」
「何言ってるんですか、どんぐりの背比べですよ所詮」
「確かに、根夢達の世代からしたらそうだね」
 不意の沈黙。
 遠くから聞こえる蝉の声が二人の間を取り持つように、静かに響いた。
「まぁ……少しいただくよ。気持ちだからね、こういうのは」
「判りました。ただ、無理はしなくていいですからね」
 二人はお互いの弁当を交換すると、包みを外し、蓋を開ける。
 二つの鰻弁当がちゃぶ台に並んだ。
 榊の前に置かれた鰻の方が僅かに痩せているようではあるが、弁当としては十分立派で食欲をそそる。
 二人は僅かに手をあわせた後、割り箸を割った。
「浅草は、納品ですか?」
 晶墨が鰻を口に運びながら問いかける。
「あぁ、いや、根夢達、伊豆の方へ行っていただろう? その現場で出会った妖物あやかしもの 二人を引き取ってきてね、たまもさんの……あぁほら、吉原のね、あそこへ預ける事になって」
「そうですか」
 榊の言葉を聞きながら、晶墨は黙々と弁当を食べ進める。
「――それにしても根夢も成長したね。あんなに小さかったのに。覚えてるかい晶墨、根夢が浅草で迷子になってさ。あさきが真っ青な顔して……おかしかったねぇ」
「ありましたね、そんなことも」
「あの時はお前にも探してもらって。そうそう、仲が悪い癖にお前とあさきは連携だけはうまくて、直ぐに根夢を見付けたんだったね」
 楽しそうに昔話をする榊だったが、その表情はどこか物悲しかった。
 いまいち箸も進まず、三分の一も食べていない。
「先輩。やっぱり食べられないじゃないですか。無理しなくていいですよ、自分が後で食べますから」
「ははは、バレたか。いやぁ、年だねぇ」
「……」
 榊は諦めたように箸を置いた。
「根夢は、顔がますます似てくるね」
「性格はすっかり、貴方にひっぱられてますけどね」
 晶墨が窓の外へ視線を外し、言葉を返す。
「そうかな。物事に真っすぐな姿勢は、血を感じるけれどね」
「……そろそろ帰らなくていいんですか」
 晶墨が窓の外を眺めたまま呟く。
「あぁ、あさきには〝遅くなるな〟とは言われているよ」
「そうでしょうね、あいつは察しがいいですから」
 榊の視線を感じながらも、晶墨はなお、窓枠に沈みゆく夕日を眺める。
 榊が口を開いたのは、晶墨が鰻の最後のひと切れを口に運び、湯呑を置いた直後だった。
「ここに来るまでに、しっかり汗をかいてしまった。風呂を、借りてもいいかな」
 晶墨はゆっくりと瞬きをすると、小さく息を吐いた。
「どうぞ。浴衣は……いつもの場所です」
「ありがとう。じゃあ、少しだけ、待っていてくれ」
 そう言うと、榊は部屋を出て行った。

§

 その夜の榊は、いつもより饒舌だった。
 近くで見てきた晶墨にとって、もう何度見聞きしたか判らないような根夢の成長と思い出。
 そして、その先に見え隠れする、根夢の父という存在。
 腕の中で艶を帯びていく榊の声は、どこか遠く、晶墨の心に影を落としていった。
 こんな事、あの日、あの宿での一度きりのつもりだった。
 晶墨にとっても、榊にとっても。
 それでも、気付けばこの不毛な関係になっていた。
 太陽が沈み切った室内は、気温が下がる事もなく、熱を帯び、湿り気を増していった。

§

 眠るわけでもなく、そっと横になっていた榊がふと身体を起こした。
「帰りますか?」
 その動きを目で追いながら、横になったまま晶墨が声をかける。
「あぁ、これ以上遅くなるとさすがにね」
 榊は布団を抜け出すと、丁寧にたたまれていた着物を身に着け始めた。
「もう十分、あいつに嫌な顔をされるだけの時間は経ってますけどね」
「私が長居をしなくたって、お前とあさきはいつもそうだろう?」
「それはそれです」
 身支度をすませると、今度は脱ぎ捨てていた浴衣に手をかける。
 するとその手を晶墨が掴んだ。
「いいですよ、自分が畳んでおきます」
「いや、たまにはちゃんとしてくよ」
「いいんです。……いつもの事でしょう」
 晶墨を見つめ返す榊の瞳が、小さく揺れた。
「いつもの事、ですよね」
 確認するように吐き出された晶墨の言葉が、宙に浮かぶ。
「強情だね」
 榊は優しく微笑むと、立ち上がるべく手に力を入れる。
 しかし、離れるであろうと思われた晶墨の手が、離すまいとさらに強い力で握ってきた。
「泊まらないよ」
「ええ。いつも通り、ですよね」
「そう、いつも通りだよ」
 強く、真っすぐ、榊が見つめる。
「強情なのはどっちですか……」
 晶墨は深くため息をつくと、その手を離した。
「お互い様じゃないかな」
 そっと手をつき、榊が立ち上がる。
「ありがとう、晶墨」
 そう言葉を残すと、榊は部屋を出て行った。
 先ほど晶墨がかけた鍵が外れ、玄関の開く音がする。
 少しだけ冷たくなった外気が入り込むと、部屋に満ちていた空気が動き、鰻の香りが晶墨の鼻をかすめた。

 数時間後、うっすら開いた窓の隙間から、紙で出来た蝶が舞い込んだ。
 その蝶、蝶紙ちょうしにはなにも伝言が書かれていない。
 以前あさきに、「不測の事態が起きた場合に使え」と言って預けた物だ。
 前髪を上げ、すっかり身支度を終えていた晶墨は、目を閉じ、深く息を吸う。
「何がいつも通り……ですか」
 その眉間には深く皺が寄せられていた。

§

 あれから随分と時が経った。
 十年、二十年……はて、結局何十年だろうか。
 心地よい風を感じながら、晶墨はゆっくりと目を開ける。
 目に入ってきたのは光だった。
 重たい身体が少しずつ軽くなる。
 背中の痛みも、膝の軋みも、声のかすれも、すべてが薄れていく。
 一歩、踏み出してみる。
 どこまでも白く、明るい世界が広がっていく。
 その視界の向こうに、誰かが立っていた。
 歩み寄るごとに、昔の足取りを思い出し、軽快に足が進む。
 遠くに見えていた人影が、はっきりと見えてきた。
「鰻は、食べきったかい?」
 晶墨の喉が、小さく鳴った。
 言葉が出るより先に、目元が熱くなる。
 ああ、やっと――
 やっとこの人と、同じ時の中に戻れた。
「よく頑張ったね。……ちゃんと、幸せそうだった」
「……そう、見えてましたか」
「あぁ。お前はちゃんと、笑ってた」
 光の中で迎えに来た彼に、晶墨は問いかける。
「俺は、貴方をこれから……なんて呼べばいいですか?」
「好きにしたらええよ」
 懐かしい西の言葉が耳をくすぐる。
 晶墨がその身体を抱きしめた瞬間、どこからともなく風が吹き、ふたりを囲うように、白い竜胆が咲き乱れた。

 呼び名も、言葉も、もういらなかった。
 ここにいる。
 それだけで、十分だった。

「竜胆の花は咲き乱れる」完

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