教えてもらうことが、少し苦手だった
幼稚園のころ、近所に住むいとこの家へ用事を頼まれ、登園前によった。
おばさんは、わたしの格好を見て、
「こんな格好でいくの?……おいで!」
と、髪と服を整えてくれた。
ポケットに入っていたお気に入りのハンカチを見つけると、
「アイロンかけないの? しわくちゃ!」
と、少し怒ったような口調で言った。
叱られた気分になって、何も言えなかった。
そんなわたしからハンカチを取り上げると、
「こうすれば、アイロンかけなくてもキレイになるよ。」
そう言いながら、手でしわを伸ばし、きれいにたたんでくれた。
同じハンカチなのに、もっとステキに見えた。
身だしなみを整えてもらい、ハンカチもきれいにしてもらえた。
すごく照れくさくて、
すごく嬉しかった。
ハンカチを大切にポケットへしまった。
でも、
心の奥には黒い影もできた。
お母さんを悪く言われたような気分がした。
わたしは大事にされていないと思われた気がした。
わたしがちゃんとしていないと、
大好きなお母さんが悪く思われる。
そんなことを知った。
その感情は言葉にできなかった。
顔が熱くなって、
その場から逃げ出したかった。
嬉しかったはずなのに、
少しだけ苦しかった。
私は、お母さんを守らなきゃいけない気がした。
幼稚園で、お掃除をする時間。
細長い手洗い場を、友人と二人並んで掃除していた。
彼女の名前は今でも覚えている。
裕福そうで、
両親の愛情をたっぷり受けていそうな子だった。
きっと本当にそうだったと思う。
彼女は掃除をしながら、
お母さんと一緒に食器洗いをした話をしてくれた。
「お母さんから洗い方を教えてもらったから、おしえてあげる!」
嬉しそうに話す彼女。
私は意地悪をされた気分になった。
わたしの洗い方、変だった?
お母さんに習ったことなさそうに見えた?
彼女はそんなつもりじゃない。
ただ嬉しかっただけだ。
それは分かる。
それでも苦しかった。
毎日、家で食器を洗うのなんて当たり前だった。
たった一度、お母さんとやったこの子の方が上手なの?
顔が熱くなった。
彼女がお母さんと並んで食器を洗っている姿が浮かんだ。
悔しくて、
喉の奥が熱く痛かった。
あのころの私は、
教えてもらったのではなく、
見抜かれたと思っていた。
お母さんに教わっていないこと。
お母さんがしてくれないこと。
それがバレた気がした。
だから私は研究を始めた。
どうしたら心配されない?
どうしたらお母さんを悪く思われない?
どうしたら見透かされない?
それから私は、人をよく見るようになった。
そして、
彼女が教えてくれた洗い方より上手になろうと、自分なりにがんばった。
大人になった今でも、
彼女が教えてくれたやり方はしていない。
身だしなみを整えること。
きれいにアイロンをかけること。
それは今でも気をつけている。
でも、大人になって気づく。
本当に幸せそうな子ほど、
意外と平気で失敗する。
服がしわしわでも。
髪がぼさぼさでも。
忘れ物をしても。
あまり気にしない。
きっと、
そんなことでは揺らがない安心を知っているからだ。
それでも今、
私は子どものハンカチを整える。
髪もとかす。
アイロンもかける。
あの日のおばさんみたいに。
でも本当は、
身だしなみを整えたいだけじゃない。
子どもに、
「私は大事にされている」
と安心していてほしいだけだ。
もっとも、
そんな心配をしているのは私だけらしい。
ありがたいことに、うちの子どもたちは
ハンカチがしわしわでも、
髪がぼさぼさでも、
あまり気にならないようだ。
注意すると、
「あとでやるー」
なんて笑っている。
その顔を見るたびに思う。
ああ
この子たちは、
私が知らなかった世界を生きているんだな、と。
