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『信じる者は救われる』の意味

今から20年ほど前に
ある大手企業の社長(現会長)の
自伝的エッセイを読んだ。

もともとクリスチャンだった彼は、
いつしか『信じる者は救われる』の
言葉に引っかかりを感じるように
なったのだという。

貧しくて家庭環境がひどくても、
懸命に頑張っている人がいるのに、
信仰していないから救われないなんて
そんなことがあっていいものか!と
強く憤ったそうだ。神様ならば、
信者であろうとなかろうと、困窮している
人がいるなら、助けるべきだろうと
感じた彼は、クリスチャンを辞めたのだ
そうだ。

私も、20代まではそう思っていた。
だが、ある時ふと、本当にふと、
理解した。

私は30代に入ってすぐぐらいに、
中度から重度のうつ病と診断され、
約3年半を棒に振った経験がある。

この時期に、特に何かが起こったとか
印象的な出来事があったとかでは
なく、ごく普通に、重い体を支えながら
洗濯物を畳んでいただけの時に、
「ああ、そうか」と納得したのだ。

『信じる者は救われる』
「神様がきっと助けてくれる」そう
信じていれば、何も恐れることはないし、
辛いのも今だけだと思える。
「大丈夫よ、きっと助けてくれるから」
おそらく信じている人はそういう心持ちで
いられるだろう。
であるならば、どうしようもない救いの
なさに絶望することもないわけだ。

「なるほどな、信じる者は救われるとは
こういうことなのか」と妙に納得した。

本当に救われるかどうかは、それこそ
神のみぞ知るだ。
けれど、宗教や信仰に限らず、
「大丈夫、守られているから」と
本気で信じるものが持てる時、
その人はそのことに救われているのだなと
思う。

あの日以来、『信じる者は救われる』と
いう言葉を、以前とは違う意味で捉えている。
信仰を勧めるための言葉ではなく、
人が絶望の中でも生き抜くための
知恵なのかもしれない。そう思うのだ。

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