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夢に全身全霊捧げたとも言えない。挫折と言えるほどたいそうなものでもない。

私の憧れの場所は、芸能界だった。

歌、ダンス、演技。エンターテイメントの世界に憧れていた私は、歌手、ダンサー、女優のいずれかになりたかった。 どれも一歩を踏み出したことはある。「やらないで後悔する」ことは嫌で、挑戦してみた。つまり、片足を突っ込んだことはあるのだ。ただ、全身を浸からせることはできなかった。どこかで「なれるはずがない」と、ブレーキをかけていた気がする。

あれは、20代前半の頃。周りが社会人として歩み出す大切な時期に、新卒で入社した会社を退社。私は2年間、歌手を目指して活動した。きっと人生のなかで一番、夢に向かって必死になった期間だ。

平日は契約社員として働き、休みの日はボイトレに通った。グループレッスンも個人レッスンも楽しかったし、歌は練習すればするほど上達していった。

しかし、歌を始めた時からずっと、心の奥底で悩んでいたことがあった。

音楽の世界は、夜に活動する人が多い。終電間際にスタジオに呼ばれたり、音楽関係の飲み会に誘われたり、寝る間も惜しんで人間関係を作ったり……。私はどこか、そういう世界特有の空気に馴染めずにいた。当時の私には、その世界が少し怖かった。

何より、当時付き合っていた彼(今の旦那である。)が、そういう不規則で危うい付き合いを心配し嫌がっていた。

そんな時、私の才能に目をつけ、期待してくれたプロデューサーがいた。 彼は私に言った。

「彼とは別れるべきだ。そうすれば、絶対に歌で生きていける」

夢が叶う切符を目の前に突きつけられた瞬間だった。何度も考えた。けれど、その言葉を聞いた時、私の心は思ったほど揺れなかった。本当に歌手になりたいのなら、迷う余地なんてないはずだった。それなのに私は、どうしても彼を手放せなかった。

私は本当に歌で生きていきたいのだろうか。私を縛るものをすべて捨て去ったとして、その先に何があるのだろう。いざ「お前の歌で勝負しろ」と言われても、私のなかからは「こうしたい!」「ああしたい!」という、アーティストとしての強い欲求がどうしても湧き上がってこなかったのだ。

結局、ライブもオーディションも、自分から積極的に飛び込むことはできなかった。
数回だけ挑戦した路上ライブでは、知らない人に動画を撮られた。きっと私の歌を届けようと応援してくれる、好意の動画だったはずだ。それなのにYouTubeに載せられているのを見つけた時、私は嬉しいよりも先に「こわっ」と思ってしまったのだ。

その時初めて気づいた。私は歌うことは好きだったけれど、人前に立つことは好きじゃなかったのだ、と。

その気づきは認めたくない、小さな絶望だった。私は歌手になりたかった。でも歌手という仕事そのものは、思っていたほど好きではなかったのかもしれない。歌うことと、人前で歌い続けることは、似ているようで全く別のことだった。


一緒にレッスンを受けていた子のなかに、今ではその唯一無二の歌声と表現力で、多くの人を魅了しているアーティストがいる。当時から歌が上手かったのはもちろん、人一倍努力もしていた。でも、それだけでは説明できない「何か」が確かにあった。 彼女が歌い出した瞬間に、レッスン室の空気がガラリと変わるような、そんな圧倒的な存在感。

音楽スクールには、自分でライブを続けながら歌手活動をしている子がたくさんいた。けれど、そこからメジャーへ行ける人間なんてごくわずか、ほんの一握りしかいない。そんな厳しい現実のなかで、私はその子の歌を聴きながら、心のどこかで確信していた。 「この子はきっと、メジャーの世界へ行く人だ」 そして本当に、彼女はそうなった。

私はその子に嫉妬したわけではない。むしろ、深く納得していた。 同じレッスンを受けていても、向いている方向がまるで違ったのだ。私は「もっと上手くなってから」と安全な場所で足踏みしていたけれど、その子は「今の自分」で果敢に勝負していた。

夢は、努力で叶うと信じたかった。でも、努力だけでは説明できないものが世界にはある。もちろん、それは単なる「才能」だけでもない。あの子は歌うことを「練習」と考えていなかった。まるで歌が身体の一部であるかのように、ただ歌と共にある感じがしたのだ。

そして私と決定的に違ったのは、彼女はステージに立つことを微塵も恐れていなかった。 私はステージに立つたびにあれこれ考えすぎて、MCもろくに話せないし、歌だって「上手くやろう、間違えないようにしよう」と守りに入ってばかりいた。けれど彼女は、ステージを心から楽しんでいた。ひとたび舞台に立つとさらに輝きを増し、やりたいことが内側から溢れ出てくるようだった。

本気でその世界に片足を突っ込み、彼女のような本物と出会ったからこそ、私は自分に向いていることと、向いていないことが痛いほどよくわかってしまった。


それでも私は、その世界に浸かりきることができなかった。当時の私には、夢のほかにどうしても手放せない大切なものがあった。何度も苦しみ、それを切り捨てようとも思ったけれど、結局できなかった。 今ならわかる。それは、自分の夢が「ただの憧れ」の域を出ていなかったからだ。片足を突っ込んだからこそ、自分が目指す世界の厳しさと、現実味のなさに気づいてしまった。

「挫折」と言えるほど、たいそうな経験ではない。

そこまで全身全霊を夢に捧げたとは言えないからだ。

もしあの時、夢を叶えることが人生の最優先事項だったなら、私はすべてを捨てるべきだった。社会的地位のために仕事をすることもなく、友達や恋人との関係を断ち切ってでも、すべての時間を音楽に注ぐべきだった。実家にいるのだから、ありがたいことに餓死することはない。毎日24時間を音楽のために費やし、歌手としてお金をいただくことだけを死に物狂いで考えるべきだった。

そこまでしなければ、到底届かない夢だったのだと思う。他人まかせでラッキーを待っていても、何も起こらない。

そして私は、その現実にも気づいていた。だからこそ、前へ進めなかったのかもしれない。本気になりきれなかったのではなく、本気になりきれない自分をどこかで理解していたのだと思う。

でも今思えば、あの時間は私の人生に絶対に必要な時間だった。あの2年間がなければ、私は今でも「あの時こうしていれば」と後悔していたと思う.
そして何より、自分がどんな人間なのかも知らないままだった。

私は歌うことが好きだった。
でも歌手になりたいわけではなかった。

そんな当たり前のことに気づくまで、ずいぶん遠回りをした。それでも、あの遠回りは必要だったと思う。

全身全霊で夢を追いかけたとは言えない。挫折と呼ぶには、あまりにも中途半端だ。けれど、あの時間があったからこそ、私は自分の輪郭を知ることができた。

最終的に、私は結婚して子どもを産み、こういう平凡とも思える幸せを一番望んでいたのだと気づいた。そして今、そのささやかな夢は叶っている。

心底、幸せだ。

それでも私は願っている。全身全霊をかけて、何かに熱中したい。

「そんなの無理だよ」
「何を今さら」
そう言われたとしても構わない。やりたいと思ったことは、やってみたい。

だから、私は今こうして、これを書いているとも言える。

たとえそれが、派手に挫折したとしても、その時は大いに「よくやった」と自分を笑ってやりたい。

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