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短編小説 あるnoterの一生。

いつもと同じ朝、いつもと同じ景色。
男はパソコンに向かっていた。2人の子どもと妻、何も変わらない生活。
妻との関係は最悪だった。いつの間にか冷え切った関係は修復をすることができなかった。

妻は言った。

「あなたと付き合ったころの気持ちはもう無いから」

男はそれに言い返すことはしない。その世界で男に関心を向ける人間はどこにもいなかった。男はただいつものようにブラウザを開いた。一日一回noteで記事を書く。それだけが男にとっての日課だった。

書く内容は別にどうでもよかった。男のnoteのフォロワーは10人、一般的な人数からしてもとても少ない。男はnoteを5年近く毎日続けていた。
男にはnoteを書く上で絶対に決めているルールがあった。それは、ハッシュタグに日数を入れること。

「#1825日連続投稿」
「#3650日連続投稿まであと1825日」

投稿を終えて、男は仕事に取り掛かる。妻がまた部屋の外で大きな声を出している。男は耳を塞ぐ代わりに、ヘッドホンを取り出した。お気に入りの「月の光」をかけて少しの間目を閉じる。

目を開けた時、そこには白い雲があった。あれはいつの雲だろうか。男にはそれを思い出すことができなかった。子どもの声が聞こえた。自分の子どもの声なのか、男には分からなかったがどことなく聞き覚えがある気がした。

部屋のドアに何かが叩きつけられた音がした。それはまるで水の入った革袋が当たったような音だった。男は自分がいつの間にか眠っていたことに気が付いた。

7年目。
「#2500日連続投稿」
「#3650日連続投稿まであと1150日」

8年目。
「#3000日連続投稿」
「#3650日連続投稿まであと650日」

10年目。
「#3300日連続投稿」
「#3650日連続投稿まであと365日」

最後の一年が始まった。それまでの投稿とは打って変わって男の投稿には活力が満ちていた。男はエスと呼ばれていた。自分がつけたハンドルネームだが、特に意味は無かった。男にとってそれはただの記号であり、SNS用のキャラクターでしかなかった。

noteを10年も続ける人間なんてほとんどいない。そういう意味でもエスはとても注目されていた。多くの人間がエスに向かって興味を持っていた。エスのフォロワーは1万人を超えていた。だが、そんなものはエスにとってなんの意味も持たなかった。

ある日、男にダイレクトメッセージが届いた。いつもなら無視をするところだが、その日はなぜか気になって返事をした。

「エスさん、初めまして。ずっと気になってメッセージをしました」
「リンさん、初めまして。メッセージありがとうございます」

「すみません、こんなこといきなり聞くのは失礼なんですけど、エスさんはどうしてハッシュタグをつけているんですか?」
男は少しだけ、時間を置いて返信した。

「これは、自分へのメッセージなんです」

「そうなんですね。すみません、どんなメッセージなんでしょうか?」

なんでこの人間はそんなことを細かく聞いてくるのか、お前に何の関係もないだろう、そう思ってメッセージを閉じた。やり取りはそれで終わった。

男の部屋からは少しずつ物が無くなっていった。着ていた服、気に入っていた文房具、本、そういったものが少しずつだが姿を消していった。

「#3600日連続投稿」
「#3650日連続投稿まであと50日」

男の部屋にはパソコン一台とカーテンだけがあった。物が無くなったその部屋は、見たことも無いほど広くて、明るくて、どこまでも白くて、そして何より何も無かった。

またダイレクトメッセージが来た。数か月前にメッセージを送ってきたリンからだった。

「お久しぶりですエスさん。いつも投稿拝見しています。もうnoteをやめてしまうんでしょうか?」

「こんにちはリンさん、すみません、あなたはどうしてそんなことが気になるんでしょうか?」

送った後、男は少し返事をまずったかなと思った。単なる質問であれば、当たり障りなく回答すれば済むはずだった。自分の作ったエスの仮面がボロリと剥がれていることに男は気付いた。

「単刀直入に言います。私はエスさんにやめてほしくないんです」
その瞬間、男の肋骨の下に鈍い痛みが走った。実体化した声が男の耳の奥に響く。誰かに似ているが、その可能性を男は必死で振り払った。

「どうしてやめてほしくないとおもうんですか?」
文字を打つ男の指は震えていた。

「どうしてもです」
その瞬間、男は部屋を飛び出した。

誰もいない家、伽藍洞の入れ物。10年前に時が止まったままの玄関。見えない蜘蛛の巣がとりもちの様に男の体に貼り付いた。男は足よりも前に胴体を突き出して、裸足のままで玄関の外に飛び出した。

深く大きく息を吐いた。顔を上げる。伸び放題の草むらの中、一人の少女が立っていた。男の思い出の中よりもずっと成長した少女、いや、もう少女ではない一人の女性。まっすぐな瞳で男を見ていた。

男はスマホを取り出して、すぐに電話をかけた。
男は拙い英語でキャンセルと告げて、それからどこかへメールを一通送ったようだった。男のスマホにすぐに折り返しが来た。

「ゆーふぇねいじあ」という言葉だけが、ぬかるんだ泥の中にゆっくりと吸い込まれていった。

いつもと同じ朝、いつもと同じ景色。何も変わらない生活。たった一つだけ違ったもの。

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3651日連続投稿!継続は力なり!エスさんの次回作も楽しみです!みんなに教えてあげましょう



この短編小説の原案はi(あい)さんからいただきました。
あいさんありがとうございます。


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