パンツの話。
歳を取ると年々薄くなるものがある。別に髪に限ったことじゃない。そう、パンツの布のことである。
朝からこんな話をして、ご婦人方には申し訳ない。だが、やはり私は今日パンツの話をしたいのだ。
以前にも書いたことがあるが、私は服に対してとことん無頓着である。ユニクロで買ったジーンズはもう何年履いているか分からない。この間、違和感を覚えて股の辺りを見てみたら布が薄くなっていた。思わず触ったところ、べりっと破けた。〝股ぐらダメージジーンズ〟の完成である。
どう?いい感じ?と妻に見せた時の反応は、賢明な読者諸君なら想像に難くないだろう。さっさと買い替えろと怒号のような剣幕で言われたものの、腰の重い私はいまだ買いに行けていない。
一応補足をしておくと、本当に股の下の方にだけ穴が開いているし、立っている時にはそれは見えない。
つまり、わざわざ私が座っている時に私の股ぐらを覗きにこなければこの穴は見つかることは無いし、この世界の片隅にさえそんな人間はいないので私はとりあえずこのままでいいやと思っている。
とはいえ、妻は妻でこの件について大層気を病んでいるのは事実である。曰く、夫がだらしないのは妻のせいと見られると。
今の時代だとそんなこともないんじゃないのと思いつつ、確かに我々の周囲にいる前時代的な価値観を持った人たちの間ではそれがいまだにそれがスタンダードなのだろうか。
そういえば、私の父も服にあまりに無頓着すぎて母に服を買ってもらっていた。
ところで、「穴が開いているとだらしないとはどういうことか」と言う者がいる。そう、私のパンツだ。
私のパンツは穴だらけである。ゴムもビヨビヨでもう何年も履いている。もともとこの運用をしていたのには理由があった。海外出張などに行く時に、現地で捨てて帰ることができるので、こういった古いパンツはとても重宝したものだ。
だが、転職して今の仕事になってから海外出張がめっきり無くなった。新たに在庫を足さずとも、家のパンツは等しくボロボロになっていく。当然妻はパンツの穴にも目を光らせているものの、私が「いや、これは出張の時に使うからさ」と言えば、「まぁ、それもそうね」と納得してくれる。
しかし、私がここまでして穴の開いたパンツを履き続けているのには実は明確な理由がある。着古したパンツは履き心地が最高なのだ。
何と言うか、柔らかい。履いてて違和感を覚えない。
エアリズムという名前でユニクロに持ち込もうかと思うほど、軽やかに私の尻を包んでくれる。
そして、履き込むほどに穴は大きくなるものの、その履き心地もまた上がっていく。
でも、少し冷静に考えてみる。
これを数学的に考えて極限を取るならば、最終的にはパンツは穴だけになって私は何も履かなくなるのだろうか。パンツのフチという概念部分だけが残って、究極の解放感を私は得たいのだろうか。
自分という人間が末恐ろしい存在に思えてきた。軽く書き出したはずなのに、まさかパンツ一枚から自分の隠された人間性が炙り出されるとは夢にも思ってみなかった。
人間は見えない部分に本性が現れるという。だが、仮に全人類が全ての本性をむき出しにして歩いていたらどうだろう。私には耐えられない。
でも、自分という人間を完全に隠す社会もまた健全とは言えないだろう。
だから、今だけは、股ぐらが開いたダメージジーンズにちょっと穴の開いたパンツを履いているくらいは許してほしい。
スウェットの隙間、今日のパンツを見る。これを見れるのも私の特権だ。誰得なので色は伏せる。だが、しっかりと開いた穴と目が合った。
「おかえり」
「ただいま」
見つめ合う二人の視線は一瞬交差して、すぐに離れた。
穴は私を見て何かを言いたげに俯いた。
分かってる。今だけなのは。
だけど、今だけはどうしても君が必要なんだ。
もう少し早く出会えていれば、二人の運命は変わっていたのかな。
それとも、この運命はずっと最初から決まっていたのかな。
その答えは、きっとどこにもない。
だから、二人で見つけていこう。
宇宙の奏でる時の流れに比べれば、俺らの一生なんて刹那の瞬きに過ぎないのかもしれない。
けど、どんな時でも、俺は一緒にいるからさ。
そうして今日も始まっていく。
穴の開いたパンツと共に。
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この記事はたかっちさんのパンコレ2026参加企画です。
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