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タンポポの話。

昨日、日曜日は河川敷へムスメとサッカーをしに行った。ムスメがサッカークラブへ入るため、その慣らし練習のような感じだ。

少し汗ばむ陽気の下で、二人でボールを転がし合う。足元に来るボールを懸命に追いかける姿には胸を打たれるものがある。世のお父さんたちがキャッチボールに憧れる理由が少し分かった。

とはいえ、集中力もそう長くは続かない。早々に根を上げて、別のことをしたいと言い出した。

私はムスメを自転車の後部座席に乗せて、少し別の場所に移動した。そこは河川敷を少し下った場所で、タンポポがたくさん生えている。

ムスメは昔からこの場所に来るのが好きだった。タンポポの群生地。いくつかの株が集まって、たくさんの綿毛がそよいでいる。

ムスメはそれを千切って、ふぅーっと息を吐く。綿毛は風に乗ってふわふわと飛んでいく。その様子を二人でじっと眺めていた。

ムスメがタンポポの花を見る。蒲公英たんぽぽ色と言われる鮮やかな黄色。だが、それを見ると私は少しだけ喉の奥に苦味を感じる。

タンポポには総苞片と呼ばれる部分がある。簡単に言えば花の付け根にあるギザギザだが、これが大きく反り返っている。

そう、ここら一帯のタンポポはセイヨウタンポポ、つまり外来種だ。しかし、多くの人にとってはその違いなぞ意識することはないだろう。

セイヨウタンポポはもともと明治期に食用で日本に持ち込まれたとされている。それが旺盛な繁殖力で瞬く間に全国各地へ広がった。

セイヨウタンポポは現在、「環境省指定要注意外来生物」で日本生態学会が定める「日本の侵略的外来種ワースト100」にも指定されている。

私の住む場所の近くには、在来種のニホンタンポポを保護している場所が一部あるが、私が知る限り野生ではほぼ見ることはない。

在来種と外来種。こうやって区引きをするとセイヨウタンポポがとても悪いもののような響きがある。

しかし、よく考えてみればそれを持ち込んだのは我々の先祖であり、セイヨウタンポポ自身はただそこで必死に生きているだけだ。

しかし、人間以外の生物は、環境と経済の間でいつの時代も命を値付けされている。

かつて私も保育園へ行く時に母の自転車に乗せてもらった。菜の花畑のなかで、タンポポの綿毛を風に当てるとふわふわと飛んで行き、それを見るのがとても楽しかったことを覚えている。

その時の私は外来生物を拡散させる目的で種をばら撒いていたわけではない。しかし、それが結果的にニホンタンポポの植生に大なり小なり影響を与えたことは否定できない。

ムスメがタンポポを見つめる目はきらきらとしている。嬉しそうなムスメの顔と外来種という文字が頭の中でぐるぐると泡を立てる。

手折った花をヘアアクセのように髪につけて満面の笑みを浮かべるムスメの顔を見た。花びらの下から見える総苞片のギザギザが私をじっと睨んでいる。

まるで何かを問いかけるような視線を私は直視することができなかった。

ムスメが息を吹きかける。綿毛は勢いよく風に舞う。

あるものは道路に落ち、あるものは草むらの中へ。二週間もしたらきっと発芽してまた新たな芽を出すのだろう。

もし、この河原の片隅にニホンタンポポが残っていたら、在来種の居場所を更に奪うに違いない。



...と、ここまで書いて種明かしをすると、最近の研究ではセイヨウタンポポがニホンタンポポを駆逐したり、交雑において遺伝子汚染を起こしているケースはそれほど多くはないとされている、らしい。

ニホンタンポポの開花時期は限られている。一方でセイヨウタンポポは通年咲いている。そして、生える場所も実は違う。セイヨウタンポポは比較的どこでも生えるが、ニホンタンポポはそうではない。

見た目の上ではセイヨウタンポポだらけなので、そう思われていたのだろう。
ニホンタンポポの数が減っているのは人間の開発によって生息に適した場所が減少した影響が大きいが、その理由付けのスケープゴートとしてセイヨウタンポポは長い間、「悪者」のレッテルを貼られてきた。

私も最近までそういう風に思っていた。

イメージというのは恐ろしい。そこまで分かっていながらも、やはりセイヨウタンポポを見ると心のどこかで「侵略的外来種」というワードが頭の中をちらついてしまう。

セイヨウタンポポに対して、ラベルづけされた差別感情が脳裡にこびりついて剥がれてくれない。

そんな私の逡巡をよそに、ムスメは唇を尖らせて次の綿毛を吹いていた。

セイヨウタンポポとニホンタンポポ。どちらも綺麗だと思いたい自分と、思えない自分。一度埋め込まれてしまった知識が呪いのようにこびりついて頭の中から離れない。

大きな風が吹いた。
陽だまりの中、ムスメは笑った。
それにつられたように私も、笑い返した。


#なんのはなしですか
#なんのはなしです花

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