地域起業とは、日常の形とリズムが少し変わることだった。|山形県河北町
地域で起業するって、もっと「事業」の話だと思っていました。売上とか、戦略とか、計画とか。
そういう言葉が先に立つものだと思っていた。
でも、実際は違いました。以前と、生活のリズムが変わるとか、頼まれごとが少しだけ増えるとか、ちょっとした日常の変化の連続でした。
今年、私は『そよかぜ』を始めました。
強い風じゃなくて、暮らしの隙間を通り抜けるくらいの、ちいさな風。

静かな起業
「起業した」と言うと、何か大きな旗を立てたように聞こえるかもしれません。けれど体感としては、もっと静かなものでした。
朝、カーテンとPCを開ける。
夜、灯りとPCの電源を落とす。
人が来て、話して、帰っていく。
その間に、仕事の種が生まれたり、何かが少しずつ変わっていく。今年の私は、たぶんずっとその繰り返しの中にいました。
ちいさな宿、はじめました
今年、河北町で小さな宿をはじめました。
宿の名前は、民泊「やまねこ」。かつて地域の憩いの場であった「やま商店」を、2部屋だけリノベーションした民泊です。
営業は、たった数ヶ月。宿泊者の名前を全員フルネームで言えるくらいには、かなりゆるりとした営業でした。
でも、宿をはじめたからこそ分かることや、思い出、素敵な出会いがたくさんありました。

「ビレッジャーズ工務店」のデザイン&リノベ施工
photo by 野口智也さん
誰かの一日を預かるということ
ある日、チェックアウトの時間ぎりぎりまで、お客様と立ち話をしてしまったことがありました。
「実は、仕事がしんどくて・・・」
そう言って苦笑いされていた方が、最後にぽつりと、こう言いました。
「ここに来て本当によかったです。何か、息ができました」
私はうまい返事ができなくて、「よかったです」としか言えませんでした。でも、その方の一言が、とても強く印象に残りました。
宿って、寝る場所を提供しているようで、実は“休む理由”を提供しているのかもしれない。
地域の派手な観光資源より、道で交わす挨拶、誰かと一緒に食卓を囲む時間、この場所にしかない静かな夜——そういうものが、誰かの体を緩めることがある。
お客様を見送ったあと、「知らない誰かの一日を預かる」って、こういうことなんだな、と遅れて胸が熱くなりました。
※宿のおもてなし担当大臣は、相変わらず“お見送り”のふりをして玄関から脱走しようとします。軒先でひなたぼっこをしたいだけなんですが、彼女の自由さに救われる日もありました。

頼まれごと、という信頼
今年、じわじわ増えたのは「頼まれごと」でした。それも「これ、手伝える?」みたいな軽いノリのもの。
つい最近までは面倒で嫌だった「ちょっとした頼まれごと」が、今年は少しだけ好きになれた気がします。「頼まれごと」は仕事の種でもあるけど、それ以上に、信頼の形でもあるから。
地域には、都会のカレンダーでは測れない時間が流れています。
温度、間合い、季節の忙しさ。畑の都合。雪の都合。行事の都合。誰かの親戚の都合。その事情とリズムに合わせているだけで、不思議と物事が進む瞬間があります。

今年は高校・大学関係・首都圏など様々な場面で
公演をさせていただきました!
”そよかぜ”への憧れ
うまくいく日もあれば、何も進まない日もあります。(仕事が全く手につかず、SNSを3行だけ書いて1日を終えてしまった日は、流石に自分は起業に向いていないなと思いました・・・笑)
頑張ったのに空回りする日もあって、逆に、ただ立っているだけで助けてもらえる日もある。
地域で仕事をするというのは、成果を積み上げるというより、身近な人との関係を育てることに近いのかもしれません。
「そよかぜ」という名前を選んだのも、たぶんその感覚が好きだったからです。
強い風は、景色を一気に変えてしまう。
そよかぜは、誰かの髪を揺らすだけで終わる日もあれば、誰にも気づかれずに吹き抜けてしまう日だってある。
それでも、毎日の暮らしに確かに作用していて、気づいたら季節が変わっている。
私は、そういう風のあり方に憧れていたのかもしれません。
起業してよかったこと
地域で起業してよかったことは、さまざまな出会いのなかで、地域のポテンシャルの高さに、”ちゃんと”気づけたことです。
この町には、おいしい農産物をつくる人がいて、魅力的なお店を開ける人がいて、そしてそれが、きちんと事業として成り立っている。必要としている人に、ちゃんと届いている。
地域で稼ぐことの難しさを痛感したからこそ、その裏側にある努力や、続けるための仕組みのすごさが、前よりも見えるようになりました。
そんな魅力的な生産者や事業者が集まる山形県、そしてわが町・河北町には、きっとまだまだ大きな可能性が眠っている。旅人を迎える立場である私も、その魅力を"ちゃんと"伝えていかなければいけないなと感じています。

強くない自分と向き合う
もちろん、課題は尽きません。
忙しさに飲まれる日もあるし、断りきれなくて反省する日もある。
数字や結果の出ない期間に、不安が頭の中で膨らむ夜もあります。
でも、今年を振り返って思うのは、私はこの町で、すぐに強くならなくてもよかったということです。
早く答えを出さなくてもよかった。
壮大な事業計画が整ってから始めなくてもよかった。
風みたいに、まずは動いて、通り抜けて、必要な場所に届けばいい。
そよかぜは、何かを“変える”ための名前というより、何かを“続ける”ための名前なのかもしれません。
暮らしの隣で、小さく動き続ける。
誰かの今日が、少しだけ軽くなる。
その積み重ねの先に、少し景色が変わっていく。
大晦日の夜は、音が少ない。
だから今年の声がよく聞こえる。
今年いちばん聞こえた声は、たぶん「ありがとう」でした。
「言う側としても、言われる側としても。」
来年も、強い風じゃなくていい。
そよかぜのまま、灯りをつけて、ちいさなアクションを続けて、またこの町の一日を預かっていきたい。この町の暮らしの隙間を通り抜けながら、誰かの背中を、ほんの少し押せるように。
それでは、よいお年を。

▼民泊やまねこ |Yamaneko Kahoku
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