私と Modulus FLEA Bass
楽器には、人の人生を決めてしまう力があると思う。少なくとも私にとっては、そうだった。
私のベース人生は、1本の楽器から始まった。
Modulus FLEA Bass

◼️Fuji Rock 2006という明確な分岐点
2006年のフジロック フェスティバルで、Red Hot Chili Peppersを観た。
この日のことは、今でも驚くほど鮮明に覚えている。私にとって初のレッチリのライブになった。
当時の私は、まだギタリストだった。レッチリもギターでコピーして弾いていたし、自分がベースを弾く未来なんて、正直全く想像していなかった。
でも、あの日のレッチリのステージを観て、1つの理解が身体に落ちた。
レッチリのグルーヴの核、曲の土台は、ギターでも、ドラムでもなく、間違い無く、Fleaのベースだった。
Johnのギターは美しかった。Chadのドラムは圧倒的だった。
特にこの日のJohnは神掛かっており、彼の全キャリアを観ても、名演中の名演だろう。
彼の凄まじいギターの演奏を観て、「あっ、これはギターの演奏の完成形だ。神秘的。カッコいい。もう、これは俺の出番は無いな。レベルが違い過ぎる。私がギターをやる必要性は無い」という心境にまで陥った。
それで私の目が行き始めたのは、Fleaだった。バンド全体を前に進めていたのは、Fleaの音の「置きどころ」だと考え始めた。
そして彼が抱えていたのが、Modulusのベースだった。ステッカーが貼られた、黄色くも見えるサンバーストのボディのベース。
その瞬間、私の中で何かが完全に切り替わった。
この日を境に、私はギタリストではなく、ベーシストになった。
これ以降、私の人生はFleaという名ベーシストの演奏に取り憑かれていくことになる。
その後、レッチリの曲を多数カバーするようになり、やはりレッチリの多くの曲はベースが土台にあると気付くようになる。ギターを弾いてる時は、気付かなかった視点だ。
◼️Modulusは「音」ではなく「考え方」だった
Modulusの音は、決して万人受けしない。硬い。ギターかと思うほど明る過ぎる。前に出過ぎる。隠れない。
よく言われた。
「ちょっとトレブリーだね」
「主張が強いね」
でも、私はずっと違和感があった。
それは音色の話じゃない。思考の話だ。
Modulusは、弾き手の曖昧さを一切許さない楽器だ。
・リズムが甘ければ、そのまま出る
・アタックが弱ければ、存在感が消える
・音の置き方を間違えれば、すぐに分かる
ごまかしが効かない。
だから私は、「丸い音」を作る前に、構造を意識する耳を先に手に入れてしまった。
Modulusは、単なる楽器ではなかった。私にとっては、ベースをどう考えるかというOSそのものだった。
普通はベーシストが最初に所有したり、憧れるベースはジャズベが多い。しかし、私の場合はModulus FLEA Bassだった。
◼️Fleaの「荒さ」に惹かれた理由
Fleaは、正直に言えば、完璧なスーパーテクニカルなベーシストではない。ヴィクターウッテン、ビリーシーン、ジャコ、またジョン・マイアング等とは違う。彼の本質や魅力はテクニカルな凄さや正確な演奏にはないからだ。
言語化は難しいが、Fleaの凄さは、異常なリズム感、時間を前に押し出すグルーヴ感覚、その瞬間に「必要な音」を選ぶ判断力、音選びのセンスの良さにあると思う。
正しい音ではない。今、必要な音。
Modulusは、その判断を誤魔化させない楽器だった。
だからこそ、Fleaのベースは成立していたし、私もそこに強く惹かれた。
◼️Californication期のフリーという到達点
私が一番好きなFleaは、Californication 時代(1999-2000年)のFleaだ。
若さの暴力性は、もうない。でも、丸くもなっていない。抜けるサウンドで、即興フレーズを増やし、ジャズのスケールを多様する珍しいファンキーなベーシストな面を前面に押出してきた時期だ。私は、その弾き方やシンプルなエフェクターのセッティングが好きだった。
◼️私とModulus
Modulusは、今も私のDNAだ。今どんなベースを手に取っても、考えていることは変わらない。音をどこに置くか、前に出るか、引くか、今、このバンドに必要な役割は何か。
この思考回路は、Modulusと一緒に身体に入った。
成熟とは、尖らなくなることではない。自分の核を、道具から切り離せるようになることだ。
Modulusがなければ、今の私はいない。
それだけは、これからも変わらない。
私とModulus。それは、ベースの話であり、私の人生の話なのだ。
