HSPという特性を知って、社会の仕組みが少し見えた話
先日、スマホでネットニュースを流し見していたときのことだ。あまり集中していたわけではないのだが、ふと目に留まった記事があった。あるタレントが「HSP」であることを公表した、という内容だった。
HSP、あまり馴染みのない言葉だったが、調べてみると、“Highly Sensitive Person”の略で、繊細な感受性を持つ人を指すらしい。割合でいえば、およそ5人に1人。つまり決して珍しい存在ではないという。無料で診断できるとあったので、軽い気持ちで試してみた。結果は――
「完全なHSP」。
なんと!と驚いた一方で、「で!?」という気持ちもあった。自分の中で妙な実感がなかったのだ。ただ、5人に1人という割合を見て、少なくとも特別というわけでもなく、けれど確かに仲間がいるという安心感は得られた。
さらに驚いたのは、自分が当たり前だと思っていた感覚が、実は少数派だったということだ。外界の刺激や体内の変化に敏感であることは、誰にでもあると思っていた。むしろ、そう感じない人が少数派だろうと考えていたのに、現実はその逆だった。
なるほど。だからジャーナリングや日記を書く習慣は、世間一般に広く根づいていないのだろう。自分にとっては自然な営みが、世の中では少数派にすぎない。そう理解できたことは、大きな発見だった。
「もっと多くの人が敏感さを共有していれば、世界は今より生きやすいはずだ」――これまで漠然とそう考えていた。けれども、大多数がむしろ鈍感だからこそ社会は回っているのだとしたら、それはそれで納得できる。理解できる人とできない人がいるのは当然であり、むしろ理解できない側の方が「正義」に近いのだろう。民主主義とは、そういう仕組みである。
そんなことを考えながら、ChatGPTに相談してみた。すると、HSPらしい一日の過ごし方を、驚くほど具体的に提示してくれた。
――朝。
「感受性のスイッチを、自分のペースで入れる時間」と考える。静かに起きて、深呼吸や軽いストレッチで体の感覚を整える。窓を開けて朝日を浴びるのもいい。自然に触れると、敏感な脳は落ち着きを取り戻すらしい。ほんの一言でも日記を書けば、思考の渋滞がほどける。
――仕事中。
大事なのは「全集中」ではなく「緩急」。深い作業と軽い作業を交互に切り替えること。人と会ったあとは、5〜10分だけでもクールダウンの時間をつくること。境界線を意識し、「ここまでが自分の責任範囲」と頭の中で言葉にしておくこと。そうすれば、感情を背負い込みすぎずに済む。
――夜。
刺激をデトックスする時間だ。就寝前はスマホから離れ、静かな音楽やアロマで感覚を緩める。日記やnoteに思考を落とし、感情を外に出す。ボストンテリアと過ごすひとときは、無条件の安心感を与えてくれて、眠りの質を高めてくれる。
こうして一日を三つの時間帯に分けて整えることで、HSP特有の「疲れやすさ」や「感情を背負い込みやすさ」が和らぎ、むしろ“深い感受性”を強みに変えられる――そんな説明だった。
読んでいて不思議なくらい腑に落ちた。
「なるほど、これが自分の特性なのだ」と、ようやく言葉で輪郭を与えられた気がした。
これまでは、敏感さや繊細さはどこか扱いづらいものとして感じていた。けれど、工夫次第で味方にもできる。むしろ、感受性の深さは、世界の色や音や空気を濃く受け取れる力なのかもしれない。
もしかすると、これまで以上に自分の過ごし方を工夫する必要があるのだろう。HSPという言葉に出会ったことで、ようやく見えてきたものがある。これからは、もう少し丁寧に、この特性について学んでみようと思う。
