旅42-14kmで時差2時間
3回目のモロッコ入国。
ローマからバルセロナへ、バルセロナからメキシコへと飛ぶことを決めた。
スペインを周ろうかとも思ったが、もうヨーロッパはいいや、という気分。
それならメキシコ行きの前に思い出の地でもあるモロッコへ行って来よう。
最初にモロッコに来たのは10年前、卒業旅行で3週間、各地を廻った。
あと1か国しか旅できないかもと思っていた就職前の僕が選んだのが、
モロッコだった。
忘れられない旅の思い出でもあり、実際にはバックパッカー旅の第一歩。
2回目は2003年。マドリーから南下し、北部へ。
セウタからティトゥアン、シャウエンの青が美しく、
旅人としての実力が上がってきたことを感じた旅路だった。
今回はメキシコへ出発する前にまだ行っていないところを廻る。
具体的にはタンジェとフェズである。まずはタンジェへ。
アルヘシラスは大きな町になっていたが、港は変わっていない。
バスを降りてすぐ港へ行き、次に出る船に乗り込む。
出国審査はあまりにも簡単。入国審査もゆるい。
イタリア-チュニジア間は厳重チェックで、うんざりだったのに。
しかし、またもや揺れる揺れる。
船も3回目であるが、揺れるのも3回目。
普段は静からしいから、僕とジブラルタル海峡の愛称は悪い。
“ヘラクレスの門”なのだろう。
ギリシャ神話の時代、この海峡を越えられたのはフェニキア人だけだった。
今は最も幅の狭い海峡の代名詞となっているのだが、荒いときは荒い。
おばちゃんが何人か吐いている。
大揺れで大量の皿がケタタマしい音を立てて割れる。
揺れが収まり、一人のご婦人がレストランへ。
店員、『なにも出せないよ。わかるだろ。全部割れたんだよ。』
さて、タンジェ。港での名物?となっていた悪質ガイドもいない。
『シェルタリング・スカイ』で有名なポール・ボウルズの愛した町。
旧市街の奥、海峡を見渡せる丘の傍に彼の住んでいた家がある。
その丘から向こうにタリファとカディスが見える。


対岸までは14km。しかし、スペインとはこの時期2時間の時差。
ホントは1時間なのだけれど、サマータイムで2時間になる。
言葉も違う。ここはアラビア語&フランス語圏。
街並みももちろん全然違う。アンダルシアのモロッコ風とは違う。
ここは北アフリカ。ヨーロッパではない。異国なのだ。
ポール・ボウルズはここからヨーロッパを眺めていたのだ。
何も見るところのないと言われていたタンジェ。
見所はカスバのあたり。ここの近くにモスクや彼の家もある。
そのカスバへ向かう道沿いの公園。ここが不思議に落ち着く。


ヨーロッパの物価の高さを離れ&人との距離が縮まったからか。
ミントティの値段は高くなったけど、やはりモロッコ。
僕の初パッカー旅。『僕を旅人に導いた国』にまた戻ってきた。
