【ひと区切りの、その先で】60代の働き方と相続の悩み|63歳男性が感じる将来への不安
【ひと区切りの、その先で】60代の働き方と相続の悩み|63歳男性が感じる将来への不安
60代の働き方と相続の悩み|63歳男性が感じる将来への不安
私は現在63歳。
4月生まれなので、あと2か月もすれば64歳になる。
60歳で定年を迎え、その後は継続雇用で嘱託社員となった。一年契約を三回更新し、今は次の更新時期が近づいている。特に問題がなければ、来年度も継続したいという希望はすでに出してある。
所属は労務部の安全課。事故や不安全事例の記録整理が私の仕事だ。
いつ、どこで、どんな事例が起きたのか。
どのような再発防止策を講じたのか。
そこからどんな教訓が得られるのか。
それらを文章にまとめ、安全管理システムにも適合する形で整理していく。細かい不適合事例も事故と同じように扱わなければならず、とにかく手間がかかる。
年を取って目が衰えてくると、ワープロを打つだけでも正直しんどい。画面を凝視していると、肩も首もすぐに重くなる。それでも、他にやれることがあるわけでもないし、今さら新しい仕事を探す気力もない。
家内からは、
「退職して一日中家でごろごろされるなんて、金輪際いやだからね」
と、はっきり言われている。
やりがいを感じる仕事かと聞かれれば、正直そうでもない。
ただ、「まぁ、しょうがないか」と思いながら、今日もキーボードを叩いている。
そんな生活の中で、最近もう一つ悩みが増えた。
父が亡くなったのは三年前のことだ。
相続人は、母と私と、弟と妹。四人いればすぐにまとまるだろうと思っていたが、実際はそう簡単ではなかった。
誰かが得をすれば、誰かが損をしたような気持ちになる。
誰かの配慮が、別の誰かには不公平に映る。
結局、母の生活費という名目で、すべて母が相続する形に落ち着いた。課題は先送りだと、皆が薄々わかっていながら。
そして最近、その母の体調があまりよくない。
「そろそろ次のことも考えないといけないのかな」
そんな気持ちが、現実味を帯びてきた。
それに加えて、父の相続で私がずいぶん気を使っていたことを知っている家内が、こう言い出した。
「あなたに万一のことがあったとき、私が困らないように、できるだけ簡単に相続できるよう準備しておいてほしい」
言っていることはもっともだ。
反論の余地もない。
ただ、相続のことを考え始めると、すぐに別の問題に行き当たる。
そもそも、老後の生活はどうなるのか。
収入はどこまで見込めるのか。
健康はどうなるのか。
家内との生活は、今と同じ形で続くのか。
そう考え始めると、財産の話以前に、考えるべきことが山のようにあるような気がしてくる。
そして結局、
「何から手を付けたらいいのか、わからない」
というところに戻ってきてしまう。
仕事のこと。
親のこと。
自分の相続のこと。
老後の生活のこと。
一つひとつは別の問題なのに、どこかで全部がつながっているような気もする。
気がつくと、頭の中が泥沼のように重くなっていて、
「何も考えたくない」
という気持ちと、
「考えなければいけない」
という気持ちが、同時に押し寄せてくる。
63歳という年齢は、若くもなく、かといって完全に覚悟が決まるほど老いてもいない。
中途半端な場所に立たされているような感覚だけが、妙にリアルだ。
きっと、同じような場所に立っている人は、私だけではないのだろう。
仕事も、家族も、健康も、将来も、すべてが少しずつ重なり合って、どこから手を付けたらいいのかわからなくなる時期。
今の私は、ただその渦の中に、静かに立っているだけなのかもしれない。
答えはまだ出ていない。
出そうともしていないのかもしれない。
けれど、こうして言葉にしてみると、少しだけ、自分がどこに立っているのかが見える気もする。
泥沼の中で足を取られながらも、
それでも、どこかに小さな陸地があるはずだと、
そんなことを、ぼんやり考えている。
このブログは連載です。
第二回をご覧になりたい方は下記をどうぞ。
【ひと区切りの、その先で】友人の相続対応を見て感じた、老後と相続の現実|小出卓也
