穀雨|空も私も、雨のち晴れ
雨の日の私はどこか元気がない。めそめそしている、と言うほどではないのだけれど、なんとなくテンションが低い。人から話しかけられても、普段より0.5秒くらい反応が遅くなる。脳の中に一枚、もやもやしたフィルターが挟まっているみたい。
湿度の高いじっとりとした空気が、全身にまとわりついてくるのを感じる。頭や手足が重たくて、体を縦にしたままでいることが難しい。昨日なんかはカーテンを開けることすら忘れて、うすぼんやりとした部屋に一日中寝転がっていた。
そうこうしているうちに、窓の向こうからぽつりぽつりと響く音が、子守唄のように聞こえてくる。完璧に同じ音のくり返しではなく、不規則なのがなおさら心地よい。次第にまぶたが重くなって、気づくと意識がところどころ途切れている。
最近お気に入りのラジオを流していても、内容が半分も頭に入ってこない。遠くで人の笑う声が聞こえる。いつの間にか私はスタジオで、喋っている人たちを眺めていた。本当はずっとリビングにいるはずなのに、心が体を置き去りにして遠くへ攫われていくみたい。いつの間にか、意識は夢とうつつを行ったり来たりしていた。
かように昨日の私は世界一非生産的な人間だった。せめてタイミングよく降った雨を生かして「穀雨」の記事を書きたかったのだけれど、眠たすぎて文章を真剣にこねくりまわす余裕もなかった。
穀雨(こくう)とは、地上にあるたくさんの穀物に、たっぷりと水分と栄養がため込まれ、元気に育つよう、天からの贈り物でもある恵みの雨が、しっとりと降り注いでいる頃のことです。
毎年この時期は、桜が満開になったかと思うと雨が降って、すぐに花を散らしてしまう。花見に行けなくて残念だった思い出が積み重なっているから、雨が多い季節だという印象は残っている。二十四節気とは本当によくできているものだ。
本日は打って変わって良い天気だったから、ひさしぶりに散歩に行ってきた。茶色く枯れていた地面が、いつの間にか青々として、15センチくらい高くなっていた。くりかえす恵みの雨で、一気に草花が伸びたのだ。
外に出ても家の中と変わらないくらい暖かく、風も優しく吹いていて、上着のいらない気温になっていた。念のためにジャンパーを羽織って散歩をしていたら、うっすらと汗をかいたくらいだ。
足元には白く小さな花弁が、花の形をしたまま無数に落ちていて、まるで星屑みたいだった。スマホを使って名前を調べようとしたけれど、残念ながら上手く調べられなかった。これからも二十四節気を追いかけていく中で、たくさんの名前を知らない花と出会うことになるのだろう。
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