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100年間、髪を洗ってもらいたい

私は美容室に行くのが好きだ。

といっても、ファッションに強い興味があるわけじゃない。ショート、ボブ、ロングまでならわかるけれど、ミディアムとかハーフとかまでついてくると、なにがなんだかよくわからない。私にわかるのは、猫のアメリカン・ショートヘアが可愛いということくらい。

カラーだって、チョコレートもマロンもブラウンもみんな同じ茶色じゃないの?何が違うの?と思ってしまう。タレントのアンミカさんの発言から、白は二百色あるなんて言葉がはやったらしいけれど、私にはいまいちピンとこない。毎シーズン、「今の季節っぽい色でおねがいします」と丸投げでヘアカラーを注文している。

ましてや美容師さんとお喋りするのは、もう全然得意じゃない。中にはお喋りをするために美容院に通っているなんて言う知人もいるが、人見知りの私にとっては考えられない。私が連続して指名する美容師さんは大抵が口下手。接客は得意じゃないけど技量で売ってます、みたいな人のほうが好きだ。

それなのに、こんなに向いていないのに、私は割と高頻度で美容院に通っている。今は定期的に月一ペースだ。なぜならば――他人に髪を洗ってもらうのが大好きだから。

本日もルンルン気分で美容院に行ってきた。最高の気分で髪を洗ってもらいながら、そういえば、とふと気がついた。私は並大抵のことよりも、他人に髪を洗ってもらうことが好きだ。

恥ずかしながらパートナーに「一緒にお風呂入る?」と訊かれた時なんか、「髪を洗ってくれるならいいよ」と答えるような女だった。ムードもへったくれもありはしない。

逆に自分で自分の髪を洗うのは、もう全然好きじゃない。面倒臭いし、手は疲れるし、思うように力加減ができないし、挙句の果てには大して気持ち良くないし。

だけど他人に髪を洗ってもらうのは、どうしてあんなに気持ちが良いのだろう。私はマッサージを受けるのも好きだけれど、肩もみと髪を洗ってもらうのだったら、髪を洗ってもらう方にギリギリ軍配が上がる。それくらい気持ち良いと思う。

人に洗ってもらう時は、シャワーで流してもらうところから既に違う。耳元を流れる水音が、ヒーリングミュージックに聞こえてくる。美女の歌声や、小鳥のさえずりが似合いそうな、小川のせせらぎにも似ている。

それからシャンプー。耳のきわからつむじに向かって、じわじわ、くるぞ。気持ち良いところ、くるぞって予感がする。絶対に盛り上がるのが分かっているアクション映画並にドキドキする。早くメインに届いて欲しいけれど、まだ届かないで欲しいような。じれったいようで、それすら心地よい時間だ。

そして実際に頭部のセンターを擦られるときの気持ち良さといったら。まさにクライマックスである。頭皮への適度な刺激が、頭の中を直接マッサージしているかのように感じられる。脳内をクラシック音楽がわんわんと駆け巡る。

あたたかなぬるま湯で丁寧に洗い流してもらったあとは、「お疲れ様でした」の声と共にタオルが優しく包み込んでくれる。美容師さんが頭を拭く時って、労わるように触れるから、こちらもまるでひと仕事終えたような心地よい充実感を覚える。

服を脱いでいないのに、綺麗になれるというお得感も良い。私はずぼら、かつ寒がりなので、入浴時に服を脱ぐ工程が一番苦手だ。こんなにも寒くて面倒で、やりたくない作業がこの世にあるものか。服さえ脱がなくて良いのなら、私はもっと入浴を好きになれていたとすら思う。

髪を洗ってもらうのが好きすぎて、近所の美容室やマッサージ店でヘッドスパをやっている場所へはあらかた行った。比べてみて、一番気持ちが良い店を探そうと思ったのだ。けれどやっぱり美容院の洗髪が一番効く。他のコースでは替えが利かなかった。

もはや髪を洗ってもらうために美容院に通っていると言っても過言ではあるまい。唯一の不満があるとすれば、いくら必死になってお願いしたくても、常識的に考えて髪はそんなに長時間洗ってもらえるものではない。その一点だ。

ああ、こんなに洗髪への愛をつづってみても、今夜からはまた自分で髪を洗わないといけないのか。願わくは、今後の人生、一秒でも長く髪を洗っていてもらいたい。追加料金払うから。 

書くと同じくらい好きなこと

#書く部のお題で書いてみた

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小石ゆうべ 犬のおやつと健やかな生活の足しにさせていただきます。

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