117歳の小4担任が教えてくれた人生の本質
「先生は117歳です。1年間よろしくね」
おわった。担任ガチャ、大外れだ。
小4の始業式。教室に現れた僕らの担任は、自分のことを117歳だと言い張った。
その女性の担任は40〜50代に見えた。年齢なんてどうでもいいのだが、自己紹介で「自分は117歳」と言うことが怖い。ウケ狙いなのか、何かに洗脳されて本気でそう思ってるのか。意図は不明だが、絶対にヤバい先生だ。
素直な僕たちは言われるがままに、先生のことを「シバーバ」と呼んだ。そして僕らはとてつもなく濃い1年を送った。なかでも忘れられない出来事が2つある。
1つ目は習字の授業でのこと。その日の課題の文字を書き終わると、シバーバは必ずクラス全員の半紙を黒板にマグネットでつけた。そして、僕らに問う。
「一番うまいのは誰の字だと思う?」
いつも多くの人の手が挙がるのが、田村さんだった。彼女は中学受験塾N能研に通うクラストップの秀才。何でもできる器用な人で、もちろん習字も上手だ。この日も、40人中30人以上が田村さんを支持した。
そこで、シバーバが言う。「みんな、本当にそう思ってる?みんなが手を挙げてるから自分も、ってなってない?」
え、なに。田村さん、上手じゃないってこと?
「本当に田村さんがうまいと思ってるならいいの。でも、今日は左右のバランスが悪い。田村さんより川原くんの方がよっぽどうまいと、先生は思う」
急に名前を呼ばれた川原くんは驚いている。彼はどちらかといえば勉強は苦手で、習字がうまいイメージもなかった。でもよく彼の字を見てみると、たしかに綺麗だ。なぜ彼の習字のうまさに気づかなかったのだろう。シバーバの言い方は直球すぎて、田村さんにも川原くんにも失礼ではないかと思ったが、とても大切なことを教わった気がした。
2つ目は校内のマラソン大会でのこと。男女別、学年ごとに競争するのだが、ゆとり世代ど真ん中の僕らは「自分のペースで走ろう」と先生たちから言われていた。
校長も副校長も、隣のクラスの担任も「自分のペースで」と口を揃える。彼らの言う「自分のペース」は事実上、「ゆっくり」と同義であった。全力を出さず、友達と同じペースで走る生徒も多かった。
僕はこの風潮に疑問を感じていた。ゆっくり走ることが「自分のペース」なのか?速く走ろうと頑張ることはダサいことなのか?
シバーバは、一度たりとも「自分のペースで」とは言わなかった。代わりに、僕らにマラソンの目標を書かせた。
僕らは問われた。マラソン大会に対する取り組み方を。僕は目標の欄に「1位」と書いた。緊張した。こんなこと書いていいのか、と思った。でも、自分はどうしたいのかを考えたら、自然と「1位」と書いていた。僕は1位になりたいんだ。
マラソン当日。僕はスタート直後から飛び出した。これが「自分のペース」なのかはわからない。とにかく必死で走る。結果、3年生まで3連覇していた土田くんに勝ち、1位でゴールした。
大会が終わり、教室に戻った僕たち一人ひとりに、シバーバが賞状を渡した。「完走証」と書かれたこの紙は名前以外、全員同じ内容。順位やタイムは書かれていない。シバーバは僕の名前の横に「1位おめでとう!」と書き足してくれた。僕は泣きそうになった。
***
僕がシバーバから教わったのは“I”の大切さだった。「僕は」「私は」どう思っているのか、何を目指しているのか。授業でも学校行事でも、常に問われた。みんなが手を挙げてるから。友達と同じペースで。そこに“I”が不在のとき、シバーバは厳しかった。
あれから20年以上が経った。僕は好きなように生きてきた。夢だった新聞記者になり、それを手放し無職に。貯金17万円で世界一周したり、北海道に移住したり。そこには常に“I”があった。
親がどうとか友人がどうとか世間がどうとかじゃない。僕は何をやりたいのか。僕はどんな生き方をしたいのか。僕は、僕は、僕は…。
シバーバは10歳の僕らに人生で大切なことを教えてくれた。ところで先生、今何歳?138歳くらいですか?
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!チップをいただけたら、海外マラソン挑戦費用に充てさせていただきます。