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「私、晴れ女なの」とか言う奴がマジで嫌い

晴れ女が嫌いだ。

いや、晴れ女だけじゃない。雨女も嫌いだ。それだけじゃない。晴れ男も、雨男もみんな嫌いだ。

いや、もっと正確に言おう。晴れ女や晴れ男は好きだ。梅雨入りした今は特に、晴れ女と晴れ男の需要は高まっている。

僕が嫌いなのは「自分を晴れ女だと思っている人」だ。それから、自分を雨女だと思っている人、晴れ男だと思っている人、雨男だと思っている人も。

彼女たちの気持ちが、僕には心底わからない。なぜそんなに自信があるのか。なぜ自分の存在が天気に影響を与えると思えるのか。

冷静に考えてみてくれ。天気は、自然は、人間にはコントロールできない。仮に天気を変えられる人がいるとしたら、それは卑弥呼とか、なんかそういう次元だろう。ごく普通の一般人が天気を変えられるはずがない。

たまたま雨予報だった小学校の遠足や部活の試合で何回か晴れた程度で、よくもまあ「私は晴れ女なの」とか言えるよな。胸に手を当ててみろ。雨だったときもあっただろ。百発百中で晴れではないだろ。

まあ忘れてるだろうな。「私は晴れ女なの」とかいう奴は、だいたい雨の記憶がどこかに消えている。

都合の悪い記憶は瞬時に忘れ、都合のいい記憶はやたらと強化される。そして、自分は天気に影響を与えうると確信する。とんでもなく傲慢で、おめでたい奴だ。

「私は晴れ女なの」という主張にはロジックが通っていない。客観性に欠き、エビデンスもない。極めて一方的で偏っていて、大人の発言とは到底思えない。だから僕は自称晴れ女が大嫌いだ。

だけど。きっと自称晴れ女は幸せだ。

ポジティブな記憶を大切に保管し、ネガティブな記憶はきれいさっぱり忘れる。100個の失敗よりも1つの成功に着目する。客観とかデータとか周りの意見とか、そんなことに惑わされず、多少強引にでも自分を信じる。誰になんと言われようと
揺るがない、根拠なき自信を持っている。

そんな晴れ女はきっと、幸せになる。自分で自分を幸せにする力を持っているように思う。


僕は、たぶんちょっとだけ晴れ女に憧れている。



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