忘れられないティータイム
「本を出すことが夢なんだ」
ぼくの表情はキラキラしていたに違いない。まっすぐな視線の先には彼がいた。
「いいね!君が本を出すのを楽しみにしてるよ」
出会って数時間。ぼくたちはお互いの夢を応援し合う間柄になっていた。
*****
2023年3月に世界一周を開始したぼくは、体調不良による一時中断を経て、6月に再出発。累計5ヶ国目のウズベキスタンを旅していた。

ウズベキスタンの首都タシケントからサマルカンドへ向かう列車の中で出会ったのが、彼だった。
彼の名はミット、73歳。本名「ディミット」は長いので、通称「ミット」。ブルガリア出身だが、現在はアメリカ・テキサス州で妻と二人暮らしをしているという。
「どこ出身なの?」
「日本から来ました」
「日本は緑茶が有名でしょ。ウズベキスタンもお茶文化だから、似てるよね」
「そうなんですか」
「ほら、電車にだってお茶のサービスがあるじゃない?ちょっとお湯持ってくるね」
ニコッと笑った彼は立ち上がり、歩き出す。心なしか右足を少し引きずっているように見えた。
窓の隙間から生ぬるい風が入ってくる。サマルカンドへは約4時間。楽しい旅路になりそうだ。
まもなく彼は、お湯を入れたカップを2つ手にして戻ってきた。
「コージーの分も持ってきたよ。ティータイムにしよう」
「ありがとう、ミット」
彼が持ってきてくれたお湯の入ったカップに、緑茶のティーバッグを入れ、角砂糖を加える。
緑茶に砂糖?と思ったが、ここはミットのやり方に倣うことにした。
スプーンやマドラーがないので混ぜることはできない。砂糖は溶けることなく、緑茶の中を泳いでいた。
(まあ、いいか。そもそもお茶を甘くして飲まないし)
一口すすると、故郷の味がした。春が来てからは日本でも緑茶を飲んでいなかったので、久しぶりの緑茶だった。

ぼくたちはお茶をすすりながら、いろんな話をした。彼の話す英語にぼくがついていけなくなると、彼は何度でも繰り返し説明してくれた。こうしてぼくたちは、少しずつお互いのことを知るようになっていた。
*****
ミットは心療内科の医師だった。米軍の退役軍人のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療を担当しているらしい。
彼の話を聞きながら、ぼくは以前読んだ、ある記事を思い出した。PTSDで苦しんで自殺する米兵は戦死者の4倍以上もいる、というのだ。
SNSでたまたま流れてきた記事だったが、「戦死者の4倍以上が自殺」という事実に衝撃を受けたのを覚えている。
「医療業界では日々新しい情報が出てくるから、こうやって勉強してるんだ」
そう言って、彼は本を見せてくれた。
内容は全く理解できなかったが、彼が勉強熱心であることと、自分の仕事に誇りを持っていることは分かった。
ぼくと会話をしていない時間、彼はずっとその本を読んでいた。
PTSDによる苦しみがどれだけ大きなものなのか、その患者と向き合って治療することがどれだけ難しいことなのか、ぼくには想像さえつかない。
だがきっと、ミットに救われた患者さんはたくさんいるんだろうな。彼はとても意義のある仕事をしているように、ぼくには思えた。
*****
ミットは大の旅行好きでもあった。これまで訪れた国は135ヶ国。ブルガリア出身のこともあり、ヨーロッパの国はほぼ全て制覇している。
日本にも旅行したことがあるという。
「富士山登ったことある?」
そう聞かれ、ギクリとした。日本人として28年間生きてきて、いまだに富士山に登ったことがない。
ただ、ぼくには言い訳があった。
「本当は去年の夏、友達と一緒に登るはずだったんだ。でも前日に体調を崩してしまって、ぼくだけ登れなかった」
証拠もあった。
去年の富士山登山は、旅好き仲間15人が参加する大企画。幹事を担当した友人が参加者一人ひとりにお手製のストラップをプレゼントしてくれたのだ。
体調不良で参加できなかったぼくは、そのことを知らなかった。だが、世界一周の旅に出発する直前、その友人がストラップをくれた。
「コージーが富士山に登れなくなってから、ずっと持ってたの。いつ渡そうか迷ってたんだけど、今かなって。世界一周のお守りに」
ぼくはそのストラップをバックパックにつけて、旅をしていた。
ミットにそのことを話した。
「ほら、これが富士山のストラップ。ぼくは登れなかったけど、仲間がくれたんだよ。日本に帰ったら今度こそ一緒に富士山に登るんだ」

「コージーには素敵な友人がいるんだね」とミットは目を細めた。
ぼくは改めて、旅を応援してくれている友人たちに感謝していた。と同時に、どこか不思議な気分にもなっていた。
ずいぶんと込み入った話をミットにしたのが、自分でも意外だったのだ。
会話の流れからすれば「富士山は登ったことがない」と言えば充分だった。これまでの自分であれば、それで会話を終わらせていたはずだ。ぼくは人見知りの性格で、初対面の相手に必要以上にペラペラと話すことはない。
だが、今回は違った。去年、富士山に登る予定だったのに登れなかったこと、そのときのストラップを旅の安全祈願として仲間がプレゼントしてくれたこと。気づけば、そんなことまで話していた。
ミットの人柄が、ぼくの口を開かせていたのだろう。出会ったばかりだが、彼とはどこか心が通じ合うような気がしていた。
*****
ガタンゴトン、ガタンゴトンと規則正しい音が車内に響く。列車はサマルカンドに向けて快調に進んでいるようだ。
一方、ぼくはミットの突然の告白に戸惑っていた。
彼が日本での体験を楽しそうに語っているときだった。
「実はがんを発症していたんだ。血液がんのステージ4」
ぼくは口を開くことができなかった。返す言葉が見つからないのは、英語力の問題だけではなかった。
彼は血液がんを患っていた。しかも、最も悪化した「ステージ4」にまで進行していたのだという。
目の前にいる、快活な彼の姿からは信じられなかった。
現在はかなり症状は良くなったという。そのきっかけは日本にあった。
京都の清水寺を訪れた後、一気に症状が和らいだというのだ。「だから京都が大好きなんだ」と彼は笑う。
なぜ病を抱えながら清水寺を訪れたのか。どのようにして病状は改善したのか。
尋ねようとしたが、やめた。
清水寺を訪れて、彼の病は良くなった。それが真実であるような気がした。
*****
ミットはこれまで経験した旅の話をたくさん聞かせてくれた。
アフリカの最高峰・キリマンジャロに登頂したこともあるという。
キリマンジャロの標高は、富士山を大きく上回る5895m。素人が簡単に登れる山ではない。
「すごい!」とぼくが言うと、彼は" I was strong." と腕に力こぶをつくって笑った。
135ヶ国も訪れたことのあるミット。次はどの国で、どんなことをやりたいのだろう。
「次はどこに行きたい?」
「もう一度、日本に行きたい」
「日本!いいね。日本で何したいの?」
「東京から京都まで歩いて旅するのが夢なんだ。『トウカイドウ』を歩いて、道中は『リョカン』に泊まる」
江戸時代の商人さながらに東海道五十三次を歩いて旅する。それがミットの夢。病状がさらに良くなったら、チャレンジするという。
東京から京都への道のりは、およそ500キロ。外国でこれほどの長距離を歩くなんて、ぼくには到底考えられない。
ステージ4のがんにおかされても、こうして笑顔で旅できるほどに回復したのは、彼が夢を持っていたからかもしれない。
何歳になっても、どんな状況でも夢を持っている人には独特のエネルギーがある。そのエネルギーは、病を吹き飛ばすほどの大きさなのだ。
73歳のミットは、再び " I was strong.” と笑った。
現在の彼も充分ストロングだと思った。
*****
ミットの素敵な夢を聞いた後は、ぼくの番だ。
「コージーの夢は何?」
彼は、ぼくの目をまっすぐ見つめながら尋ねてきた。
「ぼくの夢は本を出すこと。本を書きたい」
ミットと目が合った。
「いいね!どんな本を書きたいの?」
「旅行記を書きたい。今、世界一周をしてるから、この旅の経験を本にしたい」
それからぼくは、質問攻めに遭った。
昔から本が好きで、本を書くのが夢だったこと。大学生で旅にハマり、社会人2年目の2019年に世界一周を夢見るようになったこと。その夢を今まさに、実現していること。
日本ではパスポートを所持する人が20%程度で、海外経験がゼロの人も多いこと。会社に勤めながら、海外を旅するハードルが高いこと。
一つひとつ説明しながら、自分でも本を書きたい理由を思い出していた。
特に自分と同世代の10〜20代の若者にとって、海外を旅することの価値はとても大きい。
さまざまな国籍の人や文化に触れることで、自分の世界は広がり、人生の選択肢は増える。選択肢が増えれば、幸せになる確率が上がる。
旅をして、いろんな世界を見ると「仕事で結果を残すまで、嫌なことがあっても我慢し続けなければいけない」「20代のうちに結婚しないといけない」など、「〇〇しなければいけない」という思考から解放される。
しなきゃ、なんてない。
そう、身をもって感じることができる。
だから、旅をしたいと思う人がもっと自由に旅できる世界をつくりたい。
ここまで旅をしてきた中で、ぼくは一番熱くなっていた。まっすぐに自分の夢を信じるミットに乗せられ、自分の中に眠っていたエネルギーが沸騰していた。
話は旅にかぎらない。
もっと、多くの人が自分に正直になってもいいはずだ。世間や周囲の顔色をうかがうのではなく、自分の「やりたい」に従っていいのではないか。
みんながいい意味で「わがまま」に生きている社会こそが、豊かな社会だと思う。
少なくとも、ぼくはわがままに生きたいし、みんながわがままに生きている社会の中で、生きたい。
そんな思いが伝わるような旅行記を書きたい。
うまく英語で伝えられたかは分からない。だが少なくとも、全力だった。全力で、思いの丈をぶつけた。
ミットはうなずきながら、ぼくの話に耳を傾けていた。そして最後に、つぶやいた。
「コージーが本を出すのを楽しみにしてるよ」
*****
目的地のサマルカンドが近づいていた。
4時間の列車の旅は、終わりを迎えようとしていた。ミットともお別れだ。
「コージーの本が出たら、このアドレスにメールして。本買うから」
彼はそう言って、メールアドレスを書いたメモの切れ端を渡してくれた。

「ありがとう!そのときは必ず連絡するね」
夢が実現することを信じてくれているようで、嬉しかった。
本を出す。その夢を、夢で終わらせない。
絶対に叶えてみせる。そう決意を固くした。
40以上も歳が離れ、国籍も職業も住んでいる場所も何もかもが違う、ミットとの出会い。
こんな偶然こそが旅の醍醐味だ。
忘れられないティータイムだった。

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