生命は一度きりじゃなかった? 地球最古の細胞が二度、無生物から目覚めた痕跡
「私たちの祖先をたどっていくと、たった一つの生命にたどり着く」。これは科学の教科書に何度も書かれてきた前提でした。すべての生き物はLUCA(すべての生命の最後の共通祖先)という一つの細胞から枝分かれした、という物語です。以前、複雑な生命の起源をめぐる研究を紹介したときも、この一つの祖先という前提から出発していました。
ところが今回、その大前提そのものを揺さぶる研究が、Science Advances誌に発表されました。ドイツ・デュッセルドルフ大学のウィリアム・マーティン氏らのチームが、生命の起源は一度ではなく二度あったかもしれない、という大胆な主張を打ち出したのです。

正直、最初にこの見出しを目にしたとき、「また煽り気味のタイトルだろう」と思いました。ですが論文を読み進めるうちに、これはかなり手堅い分析に基づいていることが分かってきました。
酵素という「鶏と卵」の問題

生き物には必ず代謝があります。栄養を取り込み、エネルギーに変え、体をつくる分子を合成する。この一連の化学反応を担っているのが酵素です。しかし酵素そのものはタンパク質、つまり代謝の産物です。ここで一つの疑問が浮かびます。まだ酵素が存在しない段階で、どうやって最初の代謝が始まったのでしょうか。
研究チームが注目したのは、生命誕生の舞台として有力視されている深海の熱水噴出孔です。ここには鉄やニッケルなど、化学反応を促進する働きを持つ金属が豊富に存在します。つまり、酵素が生まれる前の「原始細胞」は、周囲の岩石に含まれる金属そのものを、いわば借り物の酵素として使っていたのではないか、という仮説です。

LUCAは半分しか完成していなかった


チームは、現存するバクテリアと古細菌(アーキア)のゲノムを比較し、生命維持に不可欠な420の化学反応をたどるアルゴリズムを開発しました。これにより、どの酵素がどの順番で進化してきたのかを再構築することができたといいます。
その結果分かったのは、全生物の共通祖先とされるLUCAは、必要な代謝反応のうちおよそ半分しか、自前の酵素を持っていなかったという事実でした。残りの半分は、周囲の環境にある金属が肩代わりしていたと考えられるのです。
そしてここからが本題です。LUCAからバクテリアの系統と古細菌の系統が分かれたあと、両者はそれぞれ独立に、残りの酵素を作り上げていきました。しかも面白いことに、同じ化学反応を担う酵素であっても、バクテリア側と古細菌側ではまったく構造の異なるタンパク質が採用されているケースが見つかったのです。これは、二つの系統が別々に「答え」にたどり着いたことを示す強力な証拠だとされています。
マーティン氏はこの発見を、次のように整理しています。金属だけに頼っていた原始細胞が、やがて自前の酵素を獲得し、外部の金属触媒に依存しなくなった時点で初めて「独立して生きる細胞」と呼べる。そしてその独立を果たした瞬間が、バクテリアと古細菌でそれぞれ別々に訪れた、というわけです。遺伝暗号という設計図は一つでも、それを使って自立した生命へと踏み出した出来事は二つあった、という解釈になります。
ATPがなかった時代のエネルギー源

もう一つ興味深いのが、エネルギー源の謎への回答です。現在の生物はほぼ例外なくATPという分子をエネルギー通貨として使っていますが、ATP自体も酵素がないと作れません。原始的な環境ではまだ酵素が存在しないのに、どうやってエネルギーを得ていたのでしょうか。
研究チームは、熱水噴出孔に天然に存在するリン酸化合物「亜リン酸」と、同じく岩石中に含まれるパラジウムを反応させる実験を行いました。すると、水中でも一晩のうちに、代謝に必要なリン酸化反応が自発的に進んだといいます。つまり酵素もATPもない状態でも、身近な鉱物同士の組み合わせだけで、生命の下地となる反応が十分に起こり得たことになります。
もっとも、この研究にも慎重さは必要です。反応が実験室で再現できたことと、実際に38億年前の地球でその通りに起きたことの間には、まだ埋めるべき溝があります。反応が進んだ「場」が水だったのか、もっと粘性の高いゲル状の環境だったのかも、専門家の間でまだ決着していません。
生命の系統樹は「根っこ」から二股だったのか

私たちが学校で習う生命の系統樹は、LUCAという一本の幹から枝が伸びていく絵で描かれます。しかし今回の研究が正しければ、その幹自体が、地面に埋もれた根の部分ですでに二股に分かれていた、という新しい絵を描く必要が出てきます。
生命とは何か、という問いに、この研究は静かに、しかし重要な補助線を引いてくれました。取り込み、育ち、増える、という条件だけでは足りず、外部の触媒に頼らず自立して代謝を回せるようになった瞬間こそが「生きている」の始まりだとすれば、その扉は地球の歴史の中で、少なくとも二回、別々に開かれたことになります。
私たちはみな、一つの祖先の子孫だと信じてきました。けれど本当は、二つの異なる始まりが合流した先に、いまの私たちが立っているのかもしれません。

参考情報
〇'Only One Conclusion': Radical Study Suggests Life on Earth Arose Twice(2026年8月6日)
〇Two origins of life(2026年8月5日)
〇Looking for LUCA, the Last Universal Common Ancestor
〇The nature of the last universal common ancestor and its impact on the early Earth system(2024年7月12日)
〇あなたの細胞の中に宿る、北欧神話の「神」たちの物語──複雑な生命の起源、35億年来の謎がついに解けた(2026年2月)
