フリー歴7年で「ゆる隠居生活」をはじめる理由。
「隠居したい…」とぼやいていた半年前のわたしへ。4月から「ゆる隠居生活」をはじめることにしたよ。
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昨年、書籍の出版が叶い、燃え尽きたあとも、なんとか立ち上がって「自分にできること」を探し続けてきました。
がんばり続けてもうすぐ1年が経つけど、わたし、どこか無理をしている?と、気づいてしまったんです…。
「成長」や「発展」におわりはない。いくらがんばっても自分より優れている人がたくさんいる。
大きな「目的・目標」を持つことも、「上を目指す」ことにもともとあまり興味がないわたしは、
がんばる理由がわからなくなったり、がんばる自分に違和感を持ってしまったんです。
「だれかの役に立てることがうれしい」「仕事を認めてもらえることがうれしい」そう思ってフリーランスを7年も続けてきたのですが。
結局のところ、仕事がすべてではない…という答えにたどり着きます。
お金はあったら助かるけど、「お金儲け」にはあまり興味がないし、「こんど○○の事業をはじめたくて…」と相談されても、なんだかしっくりこない。
「1年、休職をします」「旅に出ます」そんな話のほうが、いいなあ~って素直に想える。
わたし、きっと、休みたいんだと思う。
よくよく考えたら、フリーランスと子育てをどちらも、ほぼひとりでやってきて(平日ワンオペなんだ)。24時間営業のような体制で7年間生きてきたわけで(ついに息子は6歳・小学生になる)。
そりゃ、疲れるし、休みたくもなるよなあ~って。
7年間はとても充実していたけど、やりたいことを叶えた先で、言葉で表現しようのないほどの苦労やプレッシャーが生まれて、それが重たくて。
ただそれは、「たとえどんなことがあっても、夢を叶えるぞ」と決めていたから、夢の代償なのだと受け止めるほかない。
受け止めたうえで、わたしが健やかに生きていくためには、どこかで一区切りをつけないといけないのかなって思っています。
それが、たぶん、「ゆる隠居生活」です。
4月からは「ゆる隠居生活だから、そこまでがんばらなくていい」「2~3割の低空飛行でもいい」
そうやって、自分を許すための言い訳=ゆる隠居生活です。
息子が学童に入らないため、必然的に稼働時間は限られる。それでもできる仕事だけ、細々と続けていきたい。身を削るような無茶はしない。
ビジネスパーソン的な「もっとがんばらなきゃ」「成長しなきゃ」「結果を出さなくちゃ」という気持ちを手放すつもりでいます。
やりたいのは、今あるもので、ミニマルに生きてみること。
たくさん抱えてきたものを、整理して、一旦身軽になってみること。
そもそも「仕事」でなくても「社会貢献」はできるし、生きているだけで、誰もが尊い存在なんだよ。それが伝わるような生き方をしたい。
これまでは、仕事で文章を書くときにも、「専門家としてしっかりしなきゃ」「堂々とした文章を書かなくちゃ」って無理をしてきました。
クライアントさんに対しても「期待に応えなきゃ」「自分より相手を優先しなきゃ」って思ってきました。
そうやって自分を犠牲にしてがんばることを、もうやめたいのです。
4月の「ゆる隠居生活」にはそんな想いが込められています。
…と、わかったような口調で書いてるけど、わたしだって、わたしの気持ちを100%理解することができるわけではありません。
ただ、心の奥で「隠居したい」と泣いているわたしがいる気がして。その想いを少しでも汲んであげたいと思います。それは、きっと、わたしにしかできないことだから。
