第1話:こじらせExcel、されど改革はじめました。 (はじめに)
はじまりは、遠い昔の紙との闘いから。
これは、僕の“こじらせExcel”との、長くて地味な、でもどこか愛おしい物語。
最初の苦難は、記憶の奥のほうにうっすら残っています。
まだ「AI」なんて言葉すら遠かったあの頃。
営業部門の海外出張の経費精算書が、すべて「紙」だった時代のことです。
営業たちは出張から戻ると、くたびれた顔で手書きの報告書や領収書の束を置いていきました。
「ちょっとチェックしておいて」と一言残して。
でも、その文字がもう…とにかく読めない。きたない(ごめんなさい笑)
それを解読しながら、電卓片手にチェックする日々。
やがて、机の上には報告書の山ができ、
聞こえてくるのは、こんな声――
「間違いの指摘、差し戻しは一回で済ませてくれ」
「チェックに時間かかりすぎ。もっと早く!」
そう言われながらも、誰も仕組みを変えようとはしませんでした。
そしてそれは、のちに監査部の指摘事項にもなってしまったのです。
そんな中で、僕が頼ったのが――Excel。
そして、VLOOKUP関数との出会いでした。
当時の僕は、出張報告・精算書をExcelでフォーマット化することに挑戦しました。
為替レートの換算表を設置
外貨金額を入力すれば、自動でドル・円換算
誤入力が減り、ミスも激減
さらに工夫して、報告文のページはExcelの行に合わせてテキストボックスを配置。
“便箋風”のデザインで、文字も整って見やすくなるように。
……が、こちらはあまりウケず(笑)
のちに、みんな大好き(?)方眼紙Excelに取って代わられました。
それでも、
読みやすくなった文字
ほとんど出なくなった計算ミス
そして、少しスムーズになったやり取り。
それは確かに、僕にとっての最初の“小さな業務改善”でした。
Excel信奉者の、静かな夜の敗北
僕は、それからすっかりExcelの信奉者になった。
VLOOKUP関数という“呪文”の精度も、経験値とともに少しずつ上がっていった。
面倒な手入力を、いかに自動化できるか――そればかり考えていたあの頃。
そんなある日の夜。
時計は21時を回り、オフィスには僕と、ひとりの営業アシスタントの女性だけ。
彼女は静かに、でもどこか重い表情でパソコンに向かっていた。
「遅くまでお疲れ様。大変だね。まだかかりそう?」
「うーん…今日中には終わらないかな。」
机の上には、A4サイズの価格表。
画面には、数百件の注文データ。
彼女はそのひとつひとつに目を通しながら、商品コードを照合し、価格を手で入力していた。
(え…待って、それ全部手作業でやってるの?
数字、左に寄ってる…これ、テキスト扱い?
"O(オー)"と"0(ゼロ)"、混ざってる?
ていうか、手で入力した金額って、間違ってないのか?
しかも完成後にまた読み合わせするの…?)
「キミ、その価格表って、紙じゃなくてデータで持ってないの?」
「えっ…Wordならありますけど、どうしてですか?」
「よし、それがあれば……もっと簡単にできるかもしれない!」
彼女のPCでWordを開いてもらい、価格表をコピーしてExcelに貼り付ける。
(よし、これでVLOOKUP関数が使える!)
……と思った、その瞬間。
#N/A の嵐。
VLOOKUP関数を適用したセルのすべてに、#N/Aの表示が並ぶ。
あの時の衝撃と絶望感、今でも忘れられない。
どうやら、Wordから貼り付けた数字の形式がExcelと微妙に違っていたらしい。
(セルに *1 をかけて数値化するとか、形式コピーを使えばよかった…)
そんな“今なら分かる解決策”は、当時の僕にはまだなかった。
僕はしばらく彼女のPCの前で固まっていた。
「いや……こんなはずでは……そうか、全角の数字かも……揃えれば、きっと……」
「あの……もう、いいですから……」
彼女の声は、やわらかかった。
でもその目線はパソコンから動かず、
そして、もう二度と僕の方を見ることはなかった。
「ごめん……力になれなくて……」
「いえ……ありがとうございます。」
僕は失意を抱えながら、静かに会社を後にした。
それは、Excelという武器を手に入れたばかりの、"新米こじらせExceler(エクセル使い)"の最初の敗北体験だった。

【第一話・完】
