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麦ワラ帽子とランニングシャツ

今年の夏も暑くなりそうだ。ヨーロッパでは、40℃超えの異常な暑さが続いているとニュースでは報じられている。

さて夏と言えば、最近ではまったく見かけなくなった夏の定番スタイルを思い出す。
それは麦ワラ帽子とランニングシャツ。
遊びに行くにも、家の手伝いで田圃や畑に行くにも、夏はいつもこのスタイルだった。

祖母が毎年梅雨明けに、近所の農協から麦ワラの甘い香りとカサカサした手触りの麦ワラ帽子を買ってきてくれた。
そして当時Tシャツなんて洒落た物は出回っていなかったので、本来は下着であるはずのランニングシャツが、大人も子供も男の夏の制服だった。

  麦ワラ帽子はもう消えた
  田んぼのカエルはもう消えた
  それでも待っている夏休み  
            吉田拓郎「夏休み」

この歌は20歳の頃、扇風機1つの暑苦しい東京の安アパートでよく聴いていた吉田拓郎の「夏休み」の一節だ。
この歌を聴くと無性に田舎の夏が恋しくなり、すぐにでも飛んで帰りたい気持ちを抑えることができなかった。

小学校低学年の頃、夏休みになると田舎の生活を研究していた東京の女子大生が毎年我が家を訪れた。
カルピスを手みやげに恋人らしき男子学生と2人で来ると、祖母は手料理でもてなしていた。
小学生の私は大人の女性に接するのが気恥ずかしくて、「ジロー君こんにちは」などと声をかけられると顔を真っ赤にして祖母の背中に隠れた。

その女子大生の被っている麦ワラ帽子は、祖母が農協で買った麦ワラ帽子と違って、大きめのつばにリボンの付いた、都会の匂いのする帽子だった。

ノースリーブのワンピースに長い髪。日焼けとは無縁な白い肌。大人びた長いマツゲに大きな瞳。

同級生の女の子とは違った大人の女性の雰囲気がある女子大生には、お洒落な麦ワラ帽子がよく似合っていた。

その女子大生が我が家に顔を見せなくなって数年後、「結婚しました」との手紙を祖母宛に送ってきた。
綺麗な字が書いてあるその手紙を読むと、麦ワラ帽子が似合った彼女の姿を思い出し、子供心にも胸がキュンとするような寂しい気持ちになった。

麦ワラ帽子でもう一つ印象が残っているのが森村誠一原作・松田優作主演の映画「人間の証明」だ。
映画公開後にも何度もテレビドラマ化されたので観た方は多いと思うが、この映画のモチーフになっている麦ワラ帽子の印象は鮮烈だった。

  母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
  ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで
  谷底へ落としたあの麦ワラ帽子ですよ

  母さん、あれは好きな帽子でしたよ
  僕はあのときずいぶんくやしかった
  だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから
             …西条八十の「帽子」より

森村誠一が西条八十の詩に出会って構想が浮かんだと言われる「人間の証明」の映画のラストで、麦ワラ帽子が風に乗って飛んでいくシーンは今でも印象に残っている。
また西条八十の「帽子」の詩も、この映画のCMで大量に流されていて、この詩が気に入って映画館に足を運んだ。

さてランニングシャツだが、私は数年前までワイシャツの下に当たり前のように着ていたが「どうもちがうぞ」と感じたのは随分前の事だ。
それは温泉旅館で浴衣に着替える時に同室の若い人がワイシャツを脱ぐのを見ていると、大概は素肌の上にワイシャツか、着ていても白いTシャツだ。ランニングシャツ姿なのは、私と同年齢以上のオジサンだけのようだ。

昔はアイスキャンデー売りのオジサンも、豆腐や納豆売りのオジサンも、みんな夏は麦ワラ帽子にランニングシャツ姿だったし、
子供から大人まで夏はランニングシャツ1枚で外出していた。ステテコにランニングシャツ姿のスタイルはオジサン達の夕涼みの定番だったが、最近では家の中でさえこの格好でいると家族から軽蔑の眼差しを受ける事になる。

子供にとってもランニングシャツ+短パン+麦ワラ帽子+捕虫網が夏休みスタイルの基本だった。
決して白いとは言えないランニングシャツを着て外出しても恥ずかしく思う事も無く、昆虫採集や川遊びに熱中する事ができた。
しかしいつの間にかランニングシャツの地位は下着の中でダサイ部類に入れられるようになったようだが、汗の吸収が良く涼しいランニングシャツの復権を願うのは自分だけだろうか?

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