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【グローバルリテラシー】「近くて遠い国」、親しく付き合ってはじめてその意味が分かった


合同会社ODAJI代表、小田島耕治です。日本と海外の文化の違い(グローバルリテラシー)をテーマに発信しています。

2002年、日韓ワールドカップの年。 僕は韓国人のビジネスパートナーと組んで、会社を始めました。 彼を通じて、たくさんの韓国人と親しくなりました。

その頃、よく聞いた言葉があります。 「日本と韓国は、近くて遠い国」。

対馬海峡を挟んで、最短でわずか200キロ。 東京・ソウル間も飛行機なら3時間弱。 顔立ちも、箸の使い方も、儒教的な礼儀の感覚も、驚くほどよく似ています。 それでも戦後長く国交がなく、近い割には疎遠な関係が続いてきました。 だから「近くて遠い」。 これが、一般的な解釈だと思います。

でも、彼らと親しく付き合ってみて、 歴史も文化的背景も、そこで培われた価値観や感性、 コミュニケーションの方法までも、 思っていた以上に隔たりがあることに気づきました。 その意味でも「遠い」国だったのです。

美意識の違いに気づいた日

例えば、釜山出身の金ミジョンさん(仮名)。 当時20代半ばの留学生で、 僕ら夫婦の韓国語の家庭教師でした。

毎週土曜日、四谷の我が家で食事をしたあと、韓国語のレッスン。 それが週末のルーティンでした。

そこで気づいたのが、彼女との美的感覚の違いです。

韓国人は、全体が整った完璧な形を美しいと感じる。 日本人は、少し崩れたものに美しさを感じる。 一般的には、そう言われます。 器で言えば、韓国は均整、日本は凸凹に味わいを見出します。

金さんも最初は、典型的な韓国人の美的感覚の持ち主でした。 お気に入りは、高麗青磁(11〜12世紀)。 優雅な形態、翡色(ひしょく)と呼ばれる深い青緑の釉、 精緻な象嵌(白土や黒土を埋め込んで模様を描く技法)の装飾が特徴です。 「均整の取れたものこそ、美しい」。 そう言ってはばかりませんでした。

生け花も同じでした。 日本の生け花は「引き算」の美学。 韓国の伝統的な花装飾は「足し算」です。 どちらも自然を模していますが、 韓国は豪華で華やか、左右均等の完璧な対称を好みます。 金さんは初めて日本の生け花を見たとき、 未完成で、みすぼらしくて、 まるで子どもの作品みたいだと感じたそうです。

美的感覚ひとつで、これほど違う。 まさに「近くて遠い国」だと、驚きました。

そんな金さんも、日本で生活するうちに、 日本人の美的感覚への共感を深めていきました。 自分から凸凹の器を選び、 生け花や庭園の価値を、自分の言葉で語るようにもなっていました。

そんなある日、金さんのご両親が来日しました。 娘の家を訪ね、食器棚を見て、号泣したそうです。 並んでいた凸凹の器が動物のエサ入れにしか見えず、 娘は日本でこんなにひもじい生活をしているのかと悲しくなったのです。

金さんはあわてて、日本の伝統的な美意識を説明し、 最後は笑い話で終わりました。

「近くて遠い」を越えるには

「近くて遠い国」。

これは韓国に限らず、中国や台湾など、 東アジアの隣国すべてに言えることでしょう。 もっと言えば、同じ日本の中でも、 地域が違い、性別が違い、世代が違えば、 感覚はかなり異なります。

敬意を持って、互いを深く理解しようとしない限り、 その関係は、いつまでも「近くて遠い」ままなのだと思います。

僕にとってこの気づきは、後にアジアを巡り、 「近くて遠い国」の人たちと一緒に仕事をする上で、 大きな心の準備と財産になりました。

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