断捨離のコツをつかんだかもしれない
クローゼットの奥で眠るくすみブルーのワンピースに、ようやく別れを告げることができた。それは8年もの歳月を共にした、私の相棒だった。
初めてそれを手に取った日のことを、まだ覚えている。
友人のカジュアルな結婚式に出席するための服を探していた。
そのワンピースは、店頭でマネキンが着ていて、静かな湖面のような色合いを湛えていた。手に取った瞬間の、素材が織りなす微妙な質感。試着室で袖を通した時の質感、心地よいフィット感。
アクセサリーを足せばパーティーにも行けるし、普段着にもできるキチンと感。
それらすべてが、一瞬にして私を虜にした。
骨格に合ったデザインは、私のコンプレックスを美しくカバーして見せてくれた。首元の程よい詰まり具合が、品格を演出し、さまざまな場面にも対応できる万能性を備えていた。
観劇には上品さを纏い、子供の学校行事では落ち着きを与えてくれた。
洗濯機で気軽に洗える実用性と、小洒落た雰囲気を併せ持つそのワンピースは、育児に追われる日常に小さな変化と喜びをもたらしてくれた。
しかし、時間は無慈悲に過ぎていく。最初に気づいたのは、腰のあたりに現れた微細な毛羽立ちであった。
気をつけて洗濯してはいたものの洗濯を重ねるたびに、表面に細かな毛玉を生み出していく。
明らかな劣化の兆候を鏡の前に立って見つけた時の複雑な心境を、どう表現すればよいだろうか。愛着と諦めが入り交じった、甘く切ない感情であった。
それでもなお、私はそのワンピースを手放すことができずにいた。
劣化の兆候を見ないふりをしたのだ。クローゼットの片隅で、他の衣服たちに囲まれながら静かに時を過ごすことになる。
蘇る記憶の断片。
子供の参観日の緊張感、友人との久しぶりの食事会での笑い声。
そうした一つひとつの瞬間が、この衣服に染み付いていた。
2シーズンをクローゼットの中で過ごしたそれを思い切ってを再び身に纏ってみた。鏡に映る自分を見つめながら、以前との違いを静かに受け入れた。
私の体型も変化し、ワンピースもまたその役割を果たし終えようとしていた。腰のあたりの毛羽立ちに触れた時、指先に感じた微妙なざらつきが、別れの時の到来を告げていた。
断捨離は単なる物の整理ではない。それは過去の自分との邂逅であり、時間の流れを受け入れる儀式でもある。
一度身に着けてみること、できれば外出してみる、これが断捨離の肝だ。
着てみてようやく分かる。
この服との別れの時なのだと。
衣服を身に纏うことで、私たちは過去と現在を繋ぐ橋を渡る。
ワンピースを手放す決断を下した時、不思議な安堵感が心を満たした。
それは喪失の悲しみではなく、完了の清々しさであった。物との関係にも、人との関係と同じように、始まりがあれば終わりがある。そしてその終わりは、新しい始まりでもあるのだ。
クローゼットからようやく取り出されたワンピース。とりあえずリサイクルショップに持って行こうと思う。
別れは決して終焉ではなく、継続なのである。そう思うと、手放すことの意味が、より深く、感じられる。
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