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星の王子さまとジブリの作品は、ぼくに本当に大切なことを思い出させてくれることについて。サン=テグジュペリ『星の王子さま』『人間の土地』との対話

文字数 : 約3,140

こどもの頃の話をしようと思う。

私の地元は田舎だ。小学校に行くには山道を歩かねばならず、道中には獣が出るから動物よけの鈴をランドセルに付けていた。ちょうど良い長さの木の棒を見つけるのは容易い。男の子たちにとって毎日の通学は戦ごっこなのだ。遊びには事欠かない点は田舎暮らしの良いところだ。

山菜だってたくさん生えているから、摘んで持って帰るこどもたちも多い。木いちごが生えているポイントでは通学の足が止まったものだ。ヘビいちごと木いちごを見分けるのは容易い。粒の大きさが違うからだ。それからヘビいちごは足元に生えていて、その名の通り割と致命的な危険性があるが、木いちごは木に実っているから安全という違いもある。自然が豊富なところも田舎暮らしには欠かせない良いところだ。

小学校の授業も独特である。なにせ生徒数が少なく、山の中には豊富な学習素材があるから、理科の授業は大抵は森の中で行う。図画工作の素材はだいたい森の中にあるし、創造する対象は決まって自然を、こどもたちは選択する。個性的な先生たちが、それぞれオリジナリティあふれる授業を展開してくれる。両手で数えられる程度の少人数学習も悪くないじゃないかと、今更感じている。

私個人としては小学生のころジブリが大好きだった。これは完全に図工の先生のせいだ。眼鏡をかけたやさしい顔のおばちゃんを思い出している。それから図工の授業時間が他より少しだけ長かったことも理由かもしれない。よく授業中には図書室にあるブラウン管テレビで、先生が用意してくれるお菓子とお茶と一緒にジブリ鑑賞をしたものだ。もののけ姫は何回見たのか思い出せないが、先生のお気に入りは大自然の生活とリンクするこの作品だったのだろう。

私のお気に入りは何と言ってもラピュタとナウシカだろう。見るたびに好奇心がかき回される。おとなになった今でも金曜ロードショーで鑑賞するたび、こどもに戻った気持ちになる。作品を見て深く考察してしまうのは、私もめんどくさいおとなになってしまった証拠なのだろうか。宮崎駿の作品には、空を飛ぶ描写が多い。風立ちぬが公開された当時、私は東京のど真ん中に住んでいて、足しげく通っていた新宿のバルト9で公開初日に鑑賞したのを覚えている。空に憧れて、空をかけていく、宮崎駿の飛行機への愛情を感じたのだ。

私の今の生活は、こどもだった当時の田舎暮らしとはまるで違う。東京での社会人生活も気がつけばずいぶん長く続いている。学生時代に揶揄していた街を歩く社会人の疲れた表情は、今の私だったのだ。やらなければならない大事なことが山ほどあるから。仕事に遊びに勉強に忙しいから。こどもたちの相手をしている暇はないのだ。

王子さまは、ぼう然としてこちらを見つめた。「大事なこと!」かなづちを手に、よごれた機械油を指先で真っ黒にして、変なかっこうに見えているに違いない物体にかがみこんでいる僕を、王子さまは見ていた。「おとなみたいな言い方だ!きみはごちゃ混ぜにしてる。大事なこともそうでないことも、いっしょくたにしてる!」

サン=テグジュペリ『星の王子さま』(新潮文庫) 翻訳 河野万里子

星の王子さまにはおとなが描かれている。おとなは変わっているし、わかりやすく具体的に説明しなければ、こどもたちの想像を理解することはできないし、そもそもこどもたちの話には興味がない。政治に経済、今日の天気に朝のニュース番組、ゴルフに恋愛にSNSに、おとなは忙しいのだ。

地球は、どこにでもあるような星ではなかった!王さまは101人もいるし(もちろん黒人の王さまも合わせてだ)、地理学者は7千人、実業家は90万人、酔っ払いは750万人、大物気取りは3億1千百万人、つまりざっと20億人のおとなが住んでいる。その大きいことといったら、六つも大陸があって、電気が発明される前は、そこに46万2千501人と言う、まさに軍隊のような数のガス点灯人がいたのだ。

サン=テグジュペリ『星の王子さま』(新潮文庫) 翻訳 河野万里子

おとなになった私は何かほんとうに大事なものを忘れている気がする。無くした訳ではないと信じたいが、どこか遠くの離れた所にしまってあって、しかもどこにあるのかも忘れてしまっている。

パリッとした紳士服に身を包んで、早足で目的地に向かう。少し猫背になりながらパソコンと向きあっている。虚ろな目でスマホを眺めている。昔はキラキラと純粋に世界を観察することができたのに。

森の中に落ちているちょうど良い長さの木の棒などどうでもいいし、木いちごとヘビいちごの違いなんて知ったこっちゃない。山菜はスーパーで買えばいいじゃないか。昆虫の見分け方も、野鳥の鳴き声も、畑の耕し方も、透き通った空気も。田舎に住んでいようが、都会に住んでいようが、こどもたちはみんな無邪気に遊んでいる。

少年モーツァルトも、他の子供たちと同じく、金属打抜き機にかけられる運命だ。モーツァルトが、キャバレーの腐敗の中にあって、腐れはてた音楽を、自分の最大の喜びとするようになるのだ。せっかくのモーツァルトも、これで万事休するわけだ。ぼくを悩ますのは、その凸でも、凹でも、醜さでもない。言おうなら、それは、これらの人々の中にある虐殺されたモーツァルトだ。

サン=テグジュペリ 人間の土地(新潮文庫) 翻訳 堀口大學

サン・テグジュペリはフランスの飛行士で作家だ。郵便輸送のパイロットとして活躍して、1944年に地中海に消えた。サハラ砂漠へ不時着して生死をさまよった経験をしているが、「星の王子さま」はその経験がベースにあって、「人間の土地」ではその経験を通して人間の本質を描いている。

いちばん大切なものは目に見えない、とサハラ砂漠のキツネは教えてくれる。長い間、愛情をかけたもの、絆を結んだものしか、ほんとうに知ることはできない、とも教えてくれる。

パスカルが言うように、人間の尊厳は考えることの中にあると私は思う。目に見えることではなくて、私の心の中にこそ本質があるのだと私は思う。それは大切な人や物へのかけがえのない私自身の思い。

美しいものが美しいのは、それが目に見えるからではない。私に関係することを美しく見せるものは、目には見えない。

だから探さなければいけない。そのために努力をしなければいけない。

だから、

精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる。

サン=テグジュペリ 人間の土地(新潮文庫) 翻訳 堀口大學

ジブリの名前の由来は、サン・テグジュペリからきている(と思う)。

ジブリという名前の由来は?ジブリの綴りは「GHIBLI」、サハラ砂漠に吹く熱風を意味するイタリア語です。 第2次世界大戦中に使用されたイタリアの軍用偵察機の名前でもあり、飛行機マニアの宮崎監督が命名しました。 日本のアニメーション界に熱風を起こそうという思いを込めたネーミングだそうです。スタジオジブリ公式サイト

精神の風は心の中から湧き上がってくる。ジブリを観た後、一時的に私は童心にかえるようだ。しかしそよ風の心地よさはすぐどこかに飛んでいってしまう。

こどもの頃はみんな風をつかむことができたのだと思う。私には風を捉える努力が必要だ。私の心がどこにあるのか、そこに私の風が吹いていると信じている。

砂漠はぼくらにとって何だろう?それはぼくらの内部に生まれるものだ。ぼくらが自分たちについて知るものだった。あの晩、ぼくらもまた、一人の従姉妹、一人の大尉に恋い焦がれた。

サン=テグジュペリ 人間の土地(新潮文庫) 翻訳 堀口大學


PS: 星の王子さまの解説は中田敦彦のYoutube大学がほんとうにいいので、おすすめです。

2020/07/23


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