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電子書籍?うん、悪くない。でも紙の本がいいんだよ。

最近、電子書籍がやたらと普及してる。
スマホでもタブレットでも、好きな本を何冊でも持ち歩けるし、カバンが重くならない。
便利なのは認める。いや、むしろ羨ましい。

だが、それでも私は紙の本を愛してやまない。
なぜか?
それにはちゃんと理由がある。

紙の本には匂いがある

これは電子書籍にはない。
あるとしたらそれはスマホの熱暴走の匂いであって、決して本の香りではない。
全然ロマンがない。

紙の本の新刊は、インクと紙のフレッシュな香りがして爽やかな気持ちになる。
本屋さんなんて最高だ。青木まりこ現象ですら愛おしい。
※青木まりこ現象→本屋さんに足を運んだ際に突如込み上げる便意のこと。

紙の古本は少し埃っぽくて、どこかノスタルジックな気分にさせてくれる。
いわゆるエモいというやつ。
様々なところを旅してきて手元に来たというロマンもある。

人間は五感で世界を感じる生き物。
本の匂いを嗅ぐことは、読書の一部なのだ。
読書は目だけじゃなくて鼻でも楽しむものだと思う。

…そう考えると、「電子書籍の香り付きデバイス」とか開発されたら面白いかもしれない。
「今日の気分は昭和の文庫本!」「今日は図書館の匂い!」みたいに香りを選べるやつ。
が、それはそれでちょっと怖いので、やっぱり紙の本がいい。

ページをめくる快感

電子書籍だとスワイプするだけ。
まるで仕事のメールを流し読みするような感覚。

でも紙の本なら、ページを指でめくる瞬間にちょっとした期待と高揚感がある。
特に、新品の本を開いたときの「パリッ」という音!
あれを聞くと、「さあ、物語が始まる!」と気持ちが引き締まる。

電子書籍では、この感覚は味わえない。
どんなに技術が進歩しても、ページをめくるあの感触はデータ化できないのだ。

積読(つんどく)という文化

積読とは、興味を持って買った本や雑誌などが未読のまま積み重なった状態のこと。

電子書籍の未読リストには、あの絶妙な「うわぁ、こんなにも読んでない‥!」という存在感がない。
積読の醍醐味は、「読んでない本が物理的に積み上がっていること」なのだ。

部屋の隅にそびえ立つ未読本の山。
その威圧感。どんどん高くなる罪悪感。
「いつか全部読むぞ!」という根拠のない決意。
「おれ、めっちゃ本持ってるな!」という謎の高揚感。
これこそが積読の醍醐味であり、文化なのだ。
電子書籍では、この「圧倒的な物理的プレッシャー」を感じることができない。

…まぁ、気づいたら本の山が崩壊しそうになってることもあるけど、それはそれで風情ってことで。

読書中の「視線攻撃」がない

電車の中でスマホを開くと、「あの人、ゲームしてるのかな?」「SNS見てるのかな?」と周囲の視線が飛んでくることがある。
だが、紙の本ならどうだろう?

「おっ、この人、ちゃんと読書してる!」と好意的な目で見られることが多い。
場合によっては、隣の人に「あ、その本、面白いですよね!」と話しかけられることもある。
なんならこの時代に紙の本を読んでてカッコいいと思われてるかもしれない。
読書をきっかけに人との繋がりが生まれるのは、紙の本ならではの特権だ。
(ほとんどない)

電池切れの心配なし

電子書籍リーダーは便利だが、いざ読もうとしたときに「バッテリー残量5%」なんてことがある。
これでは、物語に没頭する前に充電ケーブルを探す旅が始まってしまう。

紙の本なら、そんな心配は一切ない。
何時間でも、何日でも、電池を気にせず読める。
「充電してください」なんて表示はどこにもない。
むしろ読んでるこちらが充電できる。
電源がいらないこの自由さ、これが紙の本の大きな魅力なのだ。

紙の本には電子書籍にはない味がある!

電子書籍も便利で素晴らしい。
でも、紙の本には、匂い・手触り・音・存在感 という、電子では再現できない「味」がある。

結局のところ、本を読むという行為は、単に文字を追うだけではなく、「本という物体そのものを楽しむ」ことでもあるのだ。
だから私は、これからも紙の本を買い続けるだろう。

…とか言いながら、電子書籍のセールにはしっかり手を出してしまうのだけれど。
50%オフ最高。電子書籍大好き。

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