みどりのおばちゃんの「行ってらっしゃい」の魔法
最近、子育てや難病、トラウマからの回復をテーマに発信を始めました。
「#子どもの安全を考える」というテーマを見つけたとき、思い浮かんだのは母の姿。
母は、6人の孫を育てている70歳のおばあちゃんで、
この春、一番下の孫が小学1年生に。
母の姿を通して、「地域で子どもを見守ることの尊さ」を伝えたいと思い、投稿してみます。
私が小学生のころ。
それは、もう40年以上も昔の話になる。
生まれ育ったのは、都会でも田舎でもない、ほどよく自然の残る地方都市。
田んぼが広がり、道幅は今よりずっと狭く、私たちは自由気ままに登校していた。
そんな通学路。
唯一交通安全を守ってくれていたのが、
黄色い旗を持った「交通指導員」。
当時の通称「みどりのおばちゃん」だった。
制服を着て、信号が変わると「ピピーッ」と笛を吹き、
旗をピンと伸ばして、私たちを安全に渡してくれた。
おかげさまで、私は無事に6年間を終えた。
あれから約20年。
拡張された道路、増えた車、消えた田んぼ。
街は少しずつ姿を変えていた。
そんな中、
今度は私の母が“みどりのおばちゃん”デビューを
果たした。
甥が小学校に入学するタイミングだった。
「孫可愛さで始めたのかな?」と思ったけれど、
実は違った。
人手が足りず、
「ピンチヒッターでちょっとだけよ」
と始めたのがきっかけだったそうだ。
母は車の免許も持っていないし、
最初は本当に頼りない感じだった。
でも、講習会に参加し、
警察とも連携を取りながら学びを深め、
「学科だけなら免許取れそうね!」というほど、
交通ルールに詳しくなっていった。
気づけば、すっかり交通指導員の一員。
ピンチヒッターどころか、町の顔になっていた。
そんな母の話を聞くと、通学路の“今”が見えてくる。
元気に「おはよう!」と駆け抜けていく子もいれば、
泣きながら歩く子、時間ギリギリに走る子、
道端に座り込む子、学校と逆方向に歩く子、
転んでケガをしている子――
子どもたちには、子どもたちの“朝”がある。
登校前に、何かがあったんだなというのが、
すぐにわかると母は言う。
「泣いていなくても、
元気なく下を向いて歩いていたら、気になるのよ」
それが、母のもう一つの見守りの視点だった。
母は、ただ安全に渡らせるだけの存在ではなかった。
忙しい朝、運転手の中には危険な運転をする人もいる。
中には、
母の指導に対し「警察でもないくせに」と言ってくる人もいたそうだ。
それでも母は、子どもたちのために、
毎朝そこに立ち続けた。
子どもたちの「安全」と「心の変化」を見守る。
母にとって、
通学路は“人と人とが交差する場所”だったのだと思う。
やがて、子どもたちは卒業し、
中学生、高校生になっていった。
それでも、通学途中に
「あっ、おばちゃん! おはよう!」と
声をかけてくれる子がいるらしい。
照れながら会釈だけしていく子もいる。
中には、「今度地元を離れるんよ」と進学の報告をしてくれる子もいた。
地域の子どもたちが、みんな孫のように思える、
と母は言う。
朝のほんの数分だけど、母なりの想いを込めて、
旗を持ち続けてきた。
そんな母が、ある日こんなことを言った。
「今のご時世、親も子も毎日せわしなくて。
朝からつい“早くしなさい!”って怒っちゃうでしょ?
でもね、だからこそ、
最後は笑顔で“行ってらっしゃい”がいいよね。
それだけで、子どもたちの背中が少し軽くなるのよ。」
その言葉に、私はハッとした。
見守る人がいることで、
子どもは安心して一歩を踏み出せる。
「行ってらっしゃい」のひと言が、
交通安全の第一歩かもしれない。
母の姿から私が学んだのは、見守ることの力強さ。
誰かが“見ていてくれる”という安心が、
子どもたちを前に進ませている。
きっとそれは、
どんな大きな安全対策にも負けない「人の力」なんだと思う。
ピンチヒッターだった母は、もうすぐ勤続20年。
今日も、黄色い旗をピンと伸ばして、
登校する子どもたちに、笑顔でこう声をかけている。
「おはよう! 行ってらっしゃい!」

