新車のドアを閉めただけなのに大げんか。「そんな言い方しなくても」と怒った私が、本当に悲しかったこと
「ドア、そっと閉めて」
「鞄、車に当てんといて」
夫の言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥で何かがプツンと切れました。
私は車のドアを乱暴に閉めたつもりも、鞄をわざと当てたつもりもありません。
それなのに、まるで私が何も考えず、雑に扱っているかのように注意された気がしました。
「そんな言い方しなくてもいいやん!」
私の声が大きくなります。
そして最後には、
「もう二度と乗らへんわ!」
とまで言ってしまいました。
今考えれば、夫は新しい車を大切にしたくて、気をつけてほしいことを伝えただけだったのかもしれません。
それなのに、なぜ私はあれほど怒ったのでしょうか。
1.今日の一語
ジャッジ
2.意識學ではどういう意味?
私が意識學™で学んでいる「ジャッジ」とは、自分が持っている基準によって、目の前の人や出来事を、
「正しい・間違っている」
「良い・悪い」
「普通・おかしい」
「好き・嫌い」
と分けて判断することです。
私たちは、何もないところから突然ジャッジしているわけではありません。
生まれてから積み上げてきた経験や、家庭・学校・職場などで教えられてきたことをもとに、「こうするべき」「普通はこうするもの」という自分なりの基準を作っています。
その基準と相手の言動が合わない時、
「どうして、そんなことをするの?」
「普通は、そんな言い方をしないでしょ」
「あの人が間違っている」
という反応が起こります。
ジャッジすること自体を、さらに「悪いこと」とジャッジする必要はありません。
大切なのは、ジャッジが出た時に、
「私は、どんな基準でこの人を見ているんだろう?」
と、自分の内側に目を向けることだと、私は理解しています。
※この記事では、意識學™を学んでいる私自身の理解として書いています。
3.最初の私はどう理解していた?
最初の私は、ジャッジとは、人の悪口を言ったり、上から目線で相手を評価したりすることだと思っていました。
「あの人はダメ」
「あの人は間違っている」
そう口に出して批判することがジャッジであり、心の中で少し思うくらいなら、誰にでもある普通の感情だと思っていたのです。
けれど、学んでいくうちに気づきました。
私は日常の中で、想像していた以上にたくさんの判決を出していました。
「夫なら、妻が疲れていることを察するべき」
「頼み事がある人から、こちらへ来るべき」
「注意するなら、もっと優しく言うべき」
「人を傷つけるような言い方をするべきではない」
どれも一見、もっともらしく思えます。
でも、その基準は絶対的な正解ではなく、私がこれまでの経験から作ってきた「私の中の普通」でした。
私は、自分の普通を、相手も当然持っているはずだと思っていたのです。
4.私の実体験
夫が新しい車を購入した頃のことです。
私が車に乗り、ドアを閉めようとすると、夫から、
「ドア、そっと閉めて」
と言われました。
さらに、
「鞄、車に当てんといて」
とも注意されました。
夫にとっては、買ったばかりの大切な車です。
傷をつけたくない。
できるだけきれいな状態で乗りたい。
その気持ちがあったのだと思います。
でも、その時の私は、夫の言葉をそのまま受け取れませんでした。
「私は乱暴に扱っていない」
「そんなこと、言われなくても分かっている」
「私を何も考えていない人みたいに扱わないで」
そんな思いが一気に込み上げてきました。
そして私は、
「そんな言い方しなくてもいいやん!」
と怒りました。
夫も、自分の車を大切にしたいだけなのに、なぜそこまで怒られるのか分からなかったのでしょう。
お互いの声が大きくなり、けんかになりました。
私の怒りはどんどん膨らみ、最後には、
「もう二度と乗らへんわ!」
と言い放ちました。
車のドアをどう閉めるかという小さな出来事だったはずなのに、私の中では、夫婦関係すべてを否定したくなるほど大きな問題になっていたのです。
5.その出来事を今の学びで見ると?
まず、事実だけを取り出してみます。
夫が私に、
「ドアをそっと閉めて」
「鞄を車に当てないで」
と伝えた。
ここまでが、実際に起きたことです。
一方で、
「夫は私を信用していない」
「私は雑な人だと思われている」
「夫は車の方が私より大事なんだ」
「そんな言い方をする夫が悪い」
これは、私が夫の言葉につけた解釈です。
私は、夫の言い方を「悪い」とジャッジしていました。
同時に、「私は何も悪くない」と自分を守ろうとしていました。
でも、怒りの奥を見ていくと、私の本当の気持ちは少し違いました。
私は、悲しかったのです。
車を大切にしていない人のように扱われた気がして、悲しかった。
私よりも車の傷を心配されているように感じて、寂しかった。
「あなたなら大丈夫」と信じてもらえていないように思えて、悲しかった。
それが、私の一次感情でした。
けれど私は、その悲しさをそのまま伝えませんでした。
「そんな言い方をする夫が悪い」
と相手をジャッジし、悲しさを怒りに変えてぶつけました。
そして、けんかが終わると今度は、
「また感情的になってしまった」
「どうして私は、こんなことで怒るんだろう」
「私は面倒な妻だ」
と、自分に対して判決を出しました。
私は、夫をジャッジしたあとに、今度は自分までジャッジしていたのです。
6.「そうだったのか!」と気づいた現在位置
今なら、あの時の私にこう聞けます。
「本当は、何が悲しかったの?」
すると私は、
「雑に扱う人だと思われた気がして悲しかった」
「信用されていないように感じて悲しかった」
「車より私の気持ちを大切にしてほしかった」
と答えると思います。
だから、本当に伝えたかったのは、
「そんな言い方しなくてもいいやん!」
ではありませんでした。
「大切に乗ろうと思っているのに、私が何も考えていないみたいに言われた気がして、悲しかった」
だったのです。
夫がそういう意味で言ったかどうかは分かりません。
だからこそ、相手の意図を決めつけてジャッジする前に、自分がどう受け取り、何を感じたのかを伝える必要がありました。
私は今も、夫の言い方や人の態度にイラッとします。
頭の中で、
「普通は、そんな言い方しないでしょ」
という判決が出ることもあります。
でも今は、そのジャッジを消そうとするのではなく、
「あっ、今、私は何を正しいことにしているんだろう?」
「怒りの奥に、本当はどんな気持ちがあるんだろう?」
と問い直せるようになりました。
ジャッジに気づくことは、自分の間違いを探すことではありません。
私は何を大切にしているのか。
何を分かってほしかったのか。
本当はどんな言葉を伝えたかったのか。
そこに気づくための入口なのだと思います。
これが、今の私の現在位置です。
7.読んでいる人への問い
あなたが誰かに対して、
「普通は、こうするでしょ」
「どうして、そんな言い方をするの?」
「絶対にあの人が悪い」
と思った最近の出来事はありますか?
その時、あなたはどんな基準で相手を見ていたでしょうか。
そして怒りの奥には、
悲しさ。
寂しさ。
分かってほしかった気持ち。
大切に扱ってほしかった思い。
そんな本当の気持ちが隠れていないでしょうか。
相手への判決をいったん横に置いた時、あなたが本当に伝えたかった言葉は何ですか?
次回予告
次回の言葉は、「空(くう)」です。
仕事を休み、今までのように動けなくなった時期。
予定が埋まっていない。
誰かの役に立っている実感もない。
前へ進んでいる感覚もない。
私は、何もしていない自分に価値がないような気がしていました。
けれど、あの「何もない時間」は、本当に空っぽだったのでしょうか。
連載第五回は、
「休職して何もできなかった私に、空っぽの時間が教えてくれたこと」
というテーマで、止まることを怖がっていた私が、「空」の中で見つけたものを書きます。
何者かになろうとすることをやめた時、初めて見えてくる自分がいるのかもしれません。
次回も、私と一緒に自分の現在位置を見つめてみませんか?
この記事でお伝えした内容は、意識學™を学んでいる私自身の理解と実体験を通して書いたものです。
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