先生の見せ場、子どもに回収される
先日、園で不審者訓練があった。
地震や火災の避難訓練とは違って、「不審者」という言葉だけで子どもも大人も独特の緊張感に包まれる。
もちろん、子どもたちにとってはただ事じゃない。
「知らない人が入ってくるよ」なんて言われたら、それだけで怖くて夜眠れなくなる子もいる。
だから園では、あらかじめこう伝えている。
「今日はね、偽物の人が来るよ。本物じゃないから安心してね」
――と説明したところで、やっぱり落ち着かないのが子どもたち。
そわそわして椅子から立ち上がったり、外を何度ものぞいたり。
いつもと違う空気を、子どもは敏感に感じとる。
「怖い…」と小さな声が聞こえた。
その場の空気を和らげようと、私は胸を張って宣言した。
「大丈夫。私がみんなを守るから」
すると、すぐさま返ってきた声。
「でも、それじゃ先生死んじゃう!」
……そう来たか。
私のヒーロー宣言は、子どもにとって「先生の命と引き換え」というリアルなイメージを呼んでしまったらしい。
一瞬にして子どもの瞳がうるんでいく。
慌てて私は言葉を付け足した。
「まぁ、みんなはまだ5年しか生きてないけど、先生はもう50年も生きてるからね。だから大丈夫!」
「50年」という言葉に、子どもたちがなぜかクスッと笑う。
けれど表情には「でも命と引き換えは不憫…」という複雑さが残る。
あ、言いすぎた、、と訂正しようとしたそのとき。
Hちゃんが、真顔で言い放った。
「いや、50じゃまだ早い」
その瞬間、子どもたちが一斉に笑顔になり、
「そうだよね、まだ早いよね!」
「絶対先生死なないで!」
――なぜか私への励ましコールでいっぱいに。
さっきまで張りつめていた空気は消え、保育室には笑い声が広がった。
どうやら子どもにとって50年は“十分に生きた”なんかじゃなく、“まだまだ途中”らしい。
命を守る訓練――そのはずが、最後に守られたのは私のほうだった。
