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いつか返ってくる言葉 親から子へ、子から親へ




我が子たちが小さかった頃、

人生で一番言う言葉が変わった。

 
ありがとうでもない。

 
おはようでもない。

 
愛してるでもない。

 
「早くして」


朝。

「早くして」

着替え。

「早くして」

歯磨き。

「早くして」

靴。

「早くして」

玄関。

「早くして」



気づけば一日が始まる前に、
もう10回以上は言っている。

 
しかも不思議なのは、

言ったからといって、
別に早くならないことである。

なんならさらに遅くなる。

 
むしろ子どもは、

靴下を見つめたり、

なぜか工作を始めたり、

急に歌ったりする。

 
自由である。

 
こちらは時計を見ている。

 
向こうは景色を見ている。

 
話が合うはずがない。

 
それでも私たちは言う。

 
「早くして」

 
あれは命令ではない。


時間に追われる大人の鳴き声。


でも、
子どもが大人になったら、

今度はこちらが言われる。



「お母さん、早くして!」



その頃にはきっと、

私は靴下を探したり、

どうでもいい話を始めたり、

急に寄り道したりしている。


順番が回ってくるだけなのだ。

 

子どもは育つ。

親は老いる。

そして最後は、

「お母さん、早くして」

と急かされながら、

病院やスーパーへ向かう。

あの頃、

毎朝連呼した言葉は、

老後になって見事に返ってくる。

人生、

ちゃんと回収されるようにできている。


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