見出し画像

止まった針を、もう一度動かす。編み物代行屋が紡ぐ、残された手仕事のつづき

「編み物代行」という言葉を聞いて、世の中の人はどんな光景を思い浮かべるでしょうか。
欲しくても編めないセーターを代わりに編んでくれる、そんな合理的なサービスを想像するのかもしれません。

でも、うちの工房のドアを叩くご依頼は、もっと切実だったり、もっと温かいものが多いのです。

私のもとへ届くのは、主(あるじ)を失った糸や、時が止まったままの編みかけの作品たち。

それらを引き受け、もう一度息を吹き込んで、ご依頼主様の元へお返しするのが「編み物代行」としての本当の姿です。

そのすべての原点は、今から12年ほど前、ハンドメイド作家として活動を始めて5年ほど経った頃に届いた、一通のメールでした。

「好きで集めたキットがたくさんあります。全部作ってくれませんか?」

初めましてのお客様からでした。
話を伺うと、なんとキットが何十個もあるというのです。

作家として自分の作品を作っていた身としては、経験のない「制作代行」という仕事に戸惑い、お値段の付け方もわからず、一度はお断りのご連絡をしました。

しかし、お客様は譲りません。
「お願いです!どうしても作って欲しいんです」

その文面から、お金を払ってでも形にしなければならない、言葉にできない理由があることを察し、まずは数個だけお試しでお引き受けすることにしました。

届いた未開封のキットを見て、胸が締め付けられました。
封を留めるテープは黄色く色褪せ、長い歳月を感じさせます。

そして箱を開けた瞬間に漂った、ほんのりとしたお線香の香り。
お仏壇の側に、長い間大切に置かれていた情景が浮かびました。

「早く届けなければ」
理由のわからない強い使命感に突き動かされ、無我夢中で針を動かしました。

最初の制作代行は、編み物ではなく手芸のキットでした。
小さなポーチやバッグ、ティッシュケースなどを、説明書通りに丁寧に縫って仕上げていきます。

ひとつ段ボールをお送りすると、次の段ボールが届きます。
二往復、三往復。
最終的には50個ほどになったでしょうか。

ご依頼様はエレガントな作品がお好きなようで、レースを縫い付けたり、ちっちゃな刺繍をしたりと、あらゆる手芸の要素が含まれていました。
毎日毎日が飽きずに楽しかったのを覚えています。

後日談ですが、それらはすべて、タンスの中で大切に仕舞われていたものだと知りました。

全ての納品を終えた後、お客様からいただいたメールを、今でも覚えています。
「この仕事、絶対に需要があるからぜひ続けてね。約束よ」

最初お受けした時は、「今回限り」と思っていた制作代行。
しかし、そのメールを読んだ後、まるで導かれるように次の仕事の依頼が舞い込み、この仕事を本業にする道へと繋がったのです。

思い返せば、あの色褪せたテープに触れ、お線香の香りをまとったキットを引き受けたあの瞬間に、「ただ材料を受け取り仕上げるだけではない」という、この仕事の本質を感じ取っていたのかもしれません。

単に「預かった材料を加工する」のではない。
目の前にある布や糸がじっと堪えてきた歳月や、持ち主の数え切れない想い。
言葉にならないそれらを、まずは私自身がしっかりと五感で受け止め、対話すること。

最初のあのお客様が教えてくれたその姿勢は、代行屋を続けるなかで、いつしか新しい制作に入る前に必ず行う「私なりの小さな儀式(対話の時間)」へと、少しずつ形を変えて馴染んでいきました。

こちらのキットの画像はイメージです。
当時の画像を探しましたが、見当たりませんでした…
こんな感じで段ボールにぎっしりと詰めて送られてきました。

お母様の遺した夏糸と、海の記憶。

本格的に活動を始める中で、「糸と対話する儀式」は、より鮮明な形となって定着していきました。

ある時届いたのは、亡くなったお母様が遺されたという、さらりとした手触りの夏糸でした。
「この糸でバッグを2点作ってください」というご依頼でした。

いつものように、その意糸にそっと触れて問いかけてみました。
「どんな作品にしてほしいですか?」

糸を対話するように、考えていた模様を試し編みしていました。
すると突然、穏やかな海の風景と波が頭に浮かんできたのです。

私はその糸で波をイメージした模様を試しに編んでみました。
小さく編んだ編地の写真をご依頼主様にご覧いただくと、「見た事が無い模様で素敵です!」とお返事をいただき、この模様でバッグを編む事にしたのです。

後日、完成したバッグを手にしたお客様からご感想をいただきました。
「お母さんと一緒に海へ行った時の想い出が蘇ってきて泣いてしまいました」
忘れていた大切な想い出だったそうで、「思い出させてくれてありがとう」と感謝されました。

形を変えたお母様との再開。
糸の声に耳を澄ませることで、私はご遺族の心に寄り添う方法を見つけ出したのかもしれません。

海の波をイメージした編地です。
編んだことが無い編地でしたが、どうしてもこの模様を編みたくなったのです。
今思い返しても不思議でなりません。

亡き妻の編みかけセーター。止まったままの編み目と対話する時間。

途中で編み目が止まったままの「編みかけの遺品」を引き継ぐ仕事。
それは、前の主が残した手仕事の跡をじっくりと読み解いていく時間でもあります。

ある男性からお預かりしたのは、亡くなった奥様が編んでいたセーターでした。

工房に届いた糸に触れて、静かに瞑想を行います。
心の中で、糸と編まれていた奥様に問いかけてみます。

「初めまして。私は編み物を仕事にしている者です。ご主人様から依頼され、続きを編ませていただきますのでよろしくお願いします」

「どんな想いで編まれていましたか?どんな作品に仕上げようと思っていましたか?ぜひ私に想いを教えてください」

そんな儀式を一通り過ごしてから、いよいよ制作に取り掛かるのです。

すると不思議な事に、その時には感じてなかった想いや閃きが編んでいる時に突然パッと頭に飛び込んでくる事があるのです。

「亡くなられた方が残された編みかけの作品ってそんなにあるの?」と思われるかもしれません。
しかし、この仕事をしていると、実は結構あるものなのだと実感します。

つい先日まで病床で誰かのために手を動かしていた、その温もりのある作品は、残された家族の大切な想い出になることが多いのです。

そしてある一定の時間が過ぎると、その作品を形にして使いたくなる時が訪れます。
セーターなら実際に着て温もりを感じたくなるし、バッグなら毎日持って出かけたくなる。
コタツカバーなら、冬の間はずっと眺めて同じ空気を感じていた。
いつでも故人を側で感じていたい、という切実な願いです。

それは編みかけの作品を処分するのではなく、きちんと作品に仕上げて昇華させたい、という祈りにも似た思いなのだと感じます。

ただ、こうして遺された編みかけの作品は、編み図が見当たらない(分からない)ものがほとんどです。
ご家族が編み物をされない場合はなおさら、迷宮入りになります。
時には、故人がお気に入りだったセーターを見本にして、自由に編まれていた作品に出会うこともあります。

けれど、そんな風に「迷宮入り」してしまった作品であっても、私なら形にすることができます。
編み図がなくても、残された編み目をつぶさに観察し、故人が頭の中で描いていた完成図を、私の手で手繰り寄せることができるからです。

さらに、途中で糸が足りなくなってしまうことも珍しくありません。
古い作品だと同じ糸が入手できない事がほとんどで、似たような糸を懸命に探したり、手元にある糸でどうにか形にならないかと試行錯誤を繰り返します。

大切な作品を、きちんと日常で使えるクオリティにするため、ご依頼主様と何度も相談を重ねながら、いつも頭を悩ませます。

それでも、難題であればあるほど、不思議と力が湧いてくるのです。
そこにあるは、「喜んでもらいたい」「故人様の想いを昇華させたい」という、ただそれだけの真っ直ぐな思いです。

完成したセーターをお手元にお届けした際、ご依頼主様はとても喜んでくださり、実際にそれを身にまとった「着画」をすぐに送ってくださいました。

それを見つめながら「ああ、本当にお引き受けして良かった」と、心の底から熱いものが込み上げてきたのを覚えています。

私の動かした針が、新しい温もりを届けることができた。
代行屋として、これほど幸せな瞬間はありません。

色を変えていますが、こういう編地でした。
ザクザクと編める糸でしたが、編みかけの編地と同じ調子で編むことを意識して編みました。

日常のなかの「編んでほしい」にも、そっと寄り添って。

ここまで、形見の毛糸や編みかけの遺品といった、少し特別なお話をしてきました。

もしかすると「そういう専門の代行屋さんなのかな」と思われるかもしれませんが、実はそんなことはありません。

普段の工房には、
「編み物に挑戦してみたけれど、難しくて途中で止まってしまった」
「大切な人に手編みのプレゼントを贈りたいけれど、どうしても編めない」「昔お気に入りだったセーターと同じものを新しく編んでほしい」

といった、日常のなかの「編んでほしい」というご依頼も、本当にたくさん届いています。

どんな理由であっても、私の手元に届くのは、誰かの「形にしたい」という純粋な願いです。
今日も私の手元では、誰かが遺した糸や布が新しい形に生まれ変わろうとしています。

形が変わっても、そこに込められた想いは変わりません。
止まってしまった針をもう一度動かすこと。
残された糸を、新しい温もりに変えること。

私が編んでいるのは、単なる作品ではありません。
それは、大切な想いを、未来へと一緒に連れていくための架け橋なのです。

これをご覧になっているあなたの「つづき」や、心にある「編んでほしい」が、いつか私の工房へ届く日を、静かにお待ちしております。


※本記事に登場するエピソードは、実際にいただいたご依頼をベースにしていますが、お客様のプライバシー保護のため、一部の設定やディテールを変更(フィクション化)して構成しています。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集