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tuki_siro
発信が苦しいと感じたときに読む文章
言葉は、増えているのに
自分の内側は、なぜか静かになっていく。
「役に立った」
「学びになった」
そういう満足とは、少し違う。
ただ、
急がなくていい場所が、ここにある
そんな確信だけが残る。
そして、ふと浮かぶ。
ここに、もう少し
滞在してもいいのかもしれない。
書かなくてもいい。
うまく言えなくてもいい。
意味を出さなくてもいい。
言葉が、
ちゃんと息をするのを
横で見ているだけでいい場所。
参加する、というより
戻るに近い。
学ぶ、というより
整うに近い。
何かを得るためではなく、
何かを削らないために。
「言葉の呼吸サロン」は、
変わる場所ではありません。
変わらなくてもいい自分が、
そのまま呼吸できる場所です。
もし今、
この文章を読み終えたあと
少しだけ呼吸が深くなっているなら。
それが、
整ったということ。
読み終えたあと、
胸の奥にあった力が、すっと抜ける。
何かを理解した感じではないのに、
考え続けていた頭が、静かになる。
吸う息が、少しだけ深くなり、
吐く息が、長くなる。
言葉を探さなくても、
沈黙が不安にならない。
「書かなきゃ」ではなく、
「今は、書かなくていい」と思える。
評価される自分でも、
整えられた自分でもなく、
ただ、ここにいる自分でいい。
次に何をするかより先に、
ちゃんと呼吸している自分に気づく。
そして、
この呼吸を保てる場所が、
どこかにある気がしている。
