ひとの顔がわからない「相貌失認」の私は、取材ライターを仕事にしている。
初めてお会いする方の名刺を受け取るとき、お名前を読み上げながら、私は心の中でメモを取っている。
「年配の方が大塚さん、分厚いファイルを持ってる人が田端さん、派手なネクタイが神田さん」。
名刺を席順に並べながら、心の中でもう一度読み上げる。取材の中で一番緊張する瞬間だ。
私は、ひとの顔がわからない。
100人に1人とも言われ、多くの当事者は一生気づかない
相貌失認。古くは「失顔症」とも呼ばれ、顔が分からない病気として知られた。
2013年に、ハリウッドスターのブラッド・ピットが自身の相貌失認を告白している。美貌のスターの告白は日本でもそれなりに大きな話題になり、しばらくしたら別のニュースに飲み込まれて静かになった。
英語では 、Prosopagnosia(プロソパグノジア)という。読めない。
後天性のものは、戦争で頭部を負傷した兵士の症例で古くから知られていたらしい。
先天的な当事者は、100人に1人とも50人に1人とも言われる。なかなかの割合でいるにもかかわらず、多くが一生気づかないという。
なぜかというと、自分の見ている世界が他の人と違うことに、気づく機会がないからだ。
診断手法は存在するが、気軽に受けられるルートは少なく、治療法もない。
先に述べたブラピも、診断を受けていない。社交界のふるまいで仕事が決まるような世界に生きるハリウッドセレブですら、診断にアクセスできていないのだ。
私自身も、未診断の自己申告である。
しかし、この概念と出会ったことで、数十年かけて積み上がった「何かがおかしい気がする」という感覚に決着がついた。人生の伏線回収の中でも、そこそこ大きなものだった。
そしてその後、我が子の同様の特性にもすぐに気づき、支援のベースを築けた。
この先に書くことは、あくまでも「私の場合」の話だ。相貌失認のある人が全員こう感じているわけではないとは思う。
ただ、40年分の違和感をようやく言語化できたことが嬉しくて、書き留めたものである。
30年来の違和感の正体に、40歳を過ぎてようやく気付く
「人の顔と名前を一致させるのが苦手だ」と、ずっと思っていた。
でも、ライターとして言葉を扱うようになってから、その表現に違和感を覚えるようになった。
私が分からないのは「相手の名前」じゃない。「相手が誰なのか」だ。
顔と名前は、ともに「そのひと個人を特定するもの」になる。情報としてほぼ直結しているから、私は「相手が誰なのか分からないこと」を「名前が分からない」と表現していた。
しかし、顔は名前ではない。顔はその人ではない。名前はその人を指す言葉であって、その人そのものではない。
相手の顔を見て、それが誰なのか分からない状態を「名前が分からない」と言うのは、やはり違う。
この微妙なニュアンスの違いに気付くまで、30年以上かかったことになる。我ながら鈍いものだ。
原体験は、幼少期に遡る。
私は子どもの頃、よく迷子になっていた。
人ごみで一瞬でも親の姿を見失うと、世界が知らない人でいっぱいになってしまい、そこから動けなくなった。
いま思えばあれは、「お母さんが見つからない!」というより、「知っている人が誰もいなくなってしまった恐怖」に近かった。
おそらく私は、家族の顔を判別できていなかったのだ。迷子センターに来た大人が私を見つけて、その姿に見覚えがあり、それで私はその人を「家族」と再認識していたように思う。
中学生になると家族で出かけることも減り、比較的世界が閉じた。他校との交流のない文化系の部活にいたため、「運動部の子たちは顔が広いんだなあ」くらいの認識で3年間をラクに過ごせた気がする。
中学を卒業したあとは、高等専門学校に入った。クラス替えのない40人学級で、私服の五学年制。毎日同じ顔ぶれで、クセの強いメンツが多い環境だったので、困り感は薄かったように思う。
問題は社会に出てからだった。
大きな組織に入って、他部署の人を見つけられなくなった。デスクで声をかけられても、誰なのか分からない。「見覚えがあるかないか」くらいはギリギリ分かるので、曖昧に話しながら相手を識別するヒントを探していた。
とくに「よくメールで絡みのある他部署の人」や「数か月に一度だけ用がある総務や人事の人」とのコミュニケーションが厳しかった。
相手が笑顔で話しかけてくる。こちらは内心で「ええと…ええと……」と焦っている。そんな感覚が、ずっと続いていた。
職場の同僚に「週末◯◯にいたよね」と言われる。監視されているみたいでちょっと嫌だな、と思っていた。でも多分、私が気付いていないだけだった。
あまり絡みのないひとから静かに嫌われることもあったが、「誰にでもそのくらいのことはあるだろう」とも、「私のことだから無自覚な失礼はしていたのだろう」とも思っていた。
決定打は、コロナ禍のフリーアドレスブームだった。
「これからはニューノーマル! イケてるオフィスはオープンスペースにフリーアドレスでイノベーティブなコラボレーションをプロデュースでしょ!」
みたいな流行りがあったのは記憶に新しい。
あれがマジで、本当に、絶望的に、合わなかった。
誰がどこにいるのか分からない。そこにいる人が誰なのか分からない。席に名前がない。「総務のエリアにいる◯◯さん」が分からなくて、誰かに聞きたくても、聞く相手が◯◯さん本人かもしれない。
そんな環境で、デスクの周りで一人、静かに右往左往しているのは私だけだった。会社には優秀な人が多かったので、私の無能さ失礼さだけはしっかり伝わっていたと思う。
私は相当消耗していた。
その消耗を経て「何かがおかしい、私だけがおかしい」と感じるようになっていった。
しかしはっきり自覚できたのは、40歳の直前くらいだったと思う。
決め手になったのは、娘がハマっていた漫画「薬屋のひとりごと」だった。
本作に、かなり重度の相貌失認を持つキャラクターが登場する。
とても優秀な軍師だが、人間の顔つきや、表情がほとんど分からない。ただし能力を見抜く目は秀でているので、人を機能で判別している(まんが的表現の中では、彼から見た人間たちは「中国将棋の駒」として描かれる)。
そのキャラクターにとって、主人公の少女は「人間として認識できる、数少ない対象」にあたる。
そのため、彼女に異常な執着を示す。
とても身に覚えがあった。ほとんどの人が誰なのか分からないから、分かる人を社会の起点にしようとする。……わかる。すごく。
そんな中で、娘と一緒にアニメを観ていた夫が「こういうやつって他人に興味ないんだよな」と言った。
私はスルっと「それは違うよ、私も同じだから分かる。ここまで重度じゃないけど」と返した。
結婚15年目の打ち明け話だった。夫はしばらく絶句していた。そりゃそうだ。驚かせて申し訳なかったと思う。
それからいろいろ話した。
「家族の顔が分からないことがある」
「自宅前のバス停で隣の区に住む弟夫婦に会ったとき、本当に誰だか分からなかった」
「現地集合で両親と待ち合わせをしたとき、声をかけられるまで気付けなかった」
「フリーアドレス席が本当に無理だった」
「実はあなたのことも、場合によっては分からないと思う」
夫にとっては初めて知る概念だったようだ。ただ、待ち合わせをするときに、私が合流地点でかなり不安そうにしているな、ということは何となく感じていたらしい。
最後に夫が言った。「他人に興味がない……は、違うよね、あなたの場合」
これがすごく救いになった。
そうなのだ。私は、人への興味がむしろ強いほうだ。取材ライターをやっているくらいなんだから。
相貌失認の当事者には、世界がこう見えている(あくまで私の例)
どんなふうに世界が見えているのかを説明するのは、本当に難しい。自分の認知を外側から観察するのは、そもそも無理がある。なので比喩に頼る。
ただし、これは「私の場合」に限る。相貌失認の当事者全員がこう感じているわけではない、ということはご承知おきいただきたい。
おそらく私は、比較的軽度なほうだ。
右手だけ見て、誰か分かるか?
相貌失認を視覚的に表現するとき、「霧がかかったように顔がぼやけて見える」「顔にモザイクやノイズがかかる」などの映像手法が使われることがある。私の場合、これは明確に「違う」。
「顔」を「右手」に置き換えてみてほしい。
たとえば目の前に、50人分の右手だけがずらっと並んでいる。それが同僚たちだ。いつも一緒に作業をしている仲間の右手は分かるだろう。しかし、その中から、3ヶ月前に挨拶した他部署の◯◯さんの右手を見つけられるか?
私にとっての他人の顔は、おおむねそんな感じだ。
右手が右手として見えるように、顔は顔として見えている。
男女は分かる。グーチョキパーも判断できる。よく手入れされているか荒れているかも分かる。奇抜なネイルがあれば「あ、この人だ」と特定できるかもしれない。
だから私は、「右手における奇抜なネイル」を探している。具体的には、声とか、体格とか、髪型とか、ほくろとか。
美醜と好き嫌いと、個人特定が別
先に挙げた相貌失認のキャラクターは、人の能力を見抜く目を持っていた。だから碁盤に石を置くように陣を敷けるし、戦争がとても上手い。
ただし、美醜や表情が分からず、ある女に会うまで「ひとの顔」というものも分かっていなかった。
この描写はうまいと思った。
私の場合、美醜や表情は分かる。好みもある。好みの顔のタイプというものもある。
「美醜を判断する機能」「表情を読む機能」「好みか否かを判断する機能」「その人が誰なのかを特定する機能」はそれぞれ別にある。
相貌失認の当事者は「その人が誰なのかを特定する機能」だけが、とても弱いのだと思う。
文脈から外れると分からない
普通の人はおそらく
「顔を見る→誰か分かる≒名前も分かる」
という順番で、人を識別しているのだと思う。
私の場合は
「顔を見る→誰か分からない→別の識別子を探す→誰か分かる」という順番になっているようだ。この「別の識別子」の代表格が名前だ。
名前以外には、こんな識別子がある。
背が高くて声が低い人
髪型をよく変える人
いつもこの時間にここにいる人
△△の担当の人
いつも変な服の人
先に挙げた弟夫婦の件を詳しく話すと、この「識別子の文脈」が問題になった。
「隣の区に住む弟夫婦が、まさかうちの最寄りのバス停を使うとは思っていなかった」のだ。
私が住んでいる地域はファミリータウンで、子連れの顔見知りが多い。声をかけられて、誰かを判断するとき、私は脳内に
子連れ
夫婦仲がいい
私にとても親しく声をかけてくれる
などの付箋を貼り、それに該当する人をリストにして情報を照合していた。同じマンションに住み、子どもが同じ学校に通うご家庭のほうが、照合の優先順位が高い。
「クルマで20分の距離に住む、実の弟」は、候補の順位がとても低かったのだ、それで分からなかった。
実写映画が苦手な一方で、絵のキャラクターははっきりと分かる
これも、相貌失認の「あるある」らしい。漫画やゲーム、アニメのキャラクターはすごく明確に分かるので、とても安心感がある。
一方で、実写映画は本当に難しい。洋画の社会派スリラーなんかは特に難解だ。犯人は一般人っぽい変装とかをしないでほしいと思っている。できれば「本作の犯人」的なタスキを身につけておいてほしい。
もちろん「作中でそれとなく出ていた人物が実は黒幕だった」みたいな展開には全くついていけない。「本作の黒幕」タスキがほしい。
しかし私は、実写映画ならではの芝居だって楽しみたい。よって、ケレン味溢れる怪獣映画などが大好きである。人間側のキャラクターが戯画的に描かれる作品はたいへんありがたい。
私のサバイバル法と、どうしても越えられない壁
そんな私は、取材ライターを生業にしている。
初対面の人と短時間で関係を作り、話を引き出し、それを言語化するのが仕事だ。
おそらく、顔が分からないというハンデの中で「対話しながら相手の情報を少しでも多く引き出していく」という能力を鍛えていたのだと思う。
「人を知るために、人を好きになる仕事」
取材相手の情報を引き出すコツは、まず相手に興味を持ち、積極的に好きになることだ。
このマインドセットは、取材記者が職業病として持つ、ある種のチョロさと共通する。
私は相手に興味を持ち、相手のことを知りたいと思い、相手からの情報を引き出すことを日常のコミュニケーションに組み込んでいた。それは「この人が誰なのか」を判別するための、それなりに必死の努力だったのだと思う。
おそらくそれが、強みと呼んで良いスキルになった。特に、初対面の人と仲良くなるのは得意だった。なので、私はいわゆる採用面接試験で落ちたことが一度もない。
ただし仕事においては、それなりの工夫も必要になる
まず、取材で大勢の人と名刺交換するときは、声を出して名刺のお名前を読み上げている。
「年配の方が大塚さん、分厚いファイルを持ってる人が田端さん、派手なネクタイの人が神田さん」
自分に言い聞かせながら、席順に名刺を並べて整理し、もう一度心の中で読み上げる。年配の方が大塚さんで、分厚いファイルを持ってる人が田端さんで、派手なネクタイの人が神田さんだ。
ZOOM会議では、画面のスクリーンショットを撮ってメモを書き込んでいる。集合写真も後でメモしやすい。iPadとApple Pencilの組み合わせが最強だ。
同じような人が、必ずいる
また、私は、
「ちょっと変わった持ち物を身につける」
ことも意識している。
昔から、「トップ経営者に自分を印象付けたいなら、特徴的なアイテムを持て」というビジネスハックがある。親近感を持ってもらうために、好みのブランドや趣味を事前にリサーチする人もいる。
創業者やリーダーにあたる人たちの中に、ADHDなどのいわゆる発達障害の当事者がそれなりに(多分そこそこ……けっこう……かなり)いることを考えると、あのハックはもしかしたら、相手の困り感にちゃんと寄り添う「優しさ」でもあるんじゃないかと最近は思っている。
自分がしてもらえたらありがたい工夫を、相手にもしてあげる。それだけの話かもしれない。
絶対に超えられない壁
一方で、絶対に無理だろうな、と思っている仕事もある。
まず、PTAや子どもの習い事の「保護者コミュニケーション」が、本当にだめだ。
べったりと密な関係なら識別子が増えてなんとかなる。しかし、そこまで親しくない相手と、当たり障りなく長期的に交流するのはひどく難しい。
距離感のグラデーションが作れないから、いつか必ずとても失礼なことをしてしまう。
保育士や教師といった仕事は、私には本当に無理だと思う。毎年何十人もの新しい顔ぶれと、そこに紐付く大人たちを、それぞれの個性や変化とともに把握し続ける。あれは私にとって、とてつもない異能だ。どうすればそんなことができるのか、まるで分からない。きっと教えてもらっても理解はできないと思う。
今でも、子どもたちが卒園した保育園の先生が、道や飲食店で声をかけてくれる。たいへん失礼ながら、本当に分からない。
知ってくれている人のありがたさ
この特性を自覚してから、助けてくれる人の存在が本当に大きくなった。
会うたびにさらりと名乗ってくれる人がいる。
「前回はこういう話をしましたよね」と文脈を先に補ってくれる人がいる。
私が戸惑いを外に出してしまう前に、横から「□□さん」と呼んでくれる家族がいる。
冒頭に「診断を受けても治療法はない」と話したが、この困り感は、社会のコミュニケーションの中で軽減できるものでもある。
症状を自覚し、親しい人に伝えることで、こうした「さらり」の支援をしてもらえることが増える。
そう考えると、診断はまったくの無意味でもない。
ただ、診断がなくても、日常の気遣いの範囲内で吸収してもらえるなら大丈夫だ。ある意味で「自覚できればゴール」みたいなところはある。
私自身がそうだった。自覚できて、助けてくれる家族と友人がいた。診断を受けてみたい気持ちはあるが、それほど重要ではない。
私は「人の顔だけ見ても誰だか分からない状況から生じる困り感を軽減したい」のだ。「公的機関から正式に『あなたは相貌失認だよ』と認定されたい」わけではない。
私の自覚が、子どもを伸ばした
私の息子には発達障害があり、療育に通って8年ほどになる。
息子は未就学児の頃、クラスの20人を覚えるのに1年かかっていた。
「一人ひとりの識別ができない=みんなが知らない人=敵か味方か分からない」という状態で、毎日ひどく緊張して過ごしていたのだと思う。
些細な刺激に弱く、イレギュラーの耐性がない。とても荒れやすく、落ち着きがなかった。とてもとても大変で、親子ともども、正直だいぶ心が折れている時期もあった。
あるとき、私の話を聞いていた夫が「息子にも似た様子がある」と気付いた。
それで私が相貌失認について話すと、息子は「俺もそうだ、俺もそうだ!」とすぐに気付いたようだった。
私のカミングアウトに驚いていた夫も、過去の私の話と現在の息子の様子が重なって「どういうことなのか」を理解できた様子だった。
そこから息子が変わった。
ハンデを自覚したことで、対処を考えるようになっている。
親しい友人には自分の特性を伝え、努力しなければならない場面ではちょっと無理をしてでも頑張るようになった。意識して情報を積み重ね、判別できるひとの数が劇的に増えている。
私が40年かけてたどり着いたやり方を、息子は10代前半で手に入れた。それだけで、早めに自覚できてよかったと思う。「自分にはこういう特性があって、こういう工夫が有効だ」と分かることで、日常はちゃんと変えられるのだ。
私だけじゃない、あなただけじゃない。誰も特別ではない。
過度に悲観する必要はない。自覚できていないだけで、「同じような人」は思っているよりずっと多いはずだ。
治療が不可能なこの特性は、社会のシステムの中でなんとなく解消されたり、弾かれてしまったりしているのだと思う。
「人たらし」と呼ばれる人たちは、こういった相手の個別の特性を感じ取って、自然に寄り添える人のことを指すのかもしれない。
よく「ブラッド・ピットの相貌失認」や「トム・クルーズの識字障害」が話題になるとき、「障害と引き換えの才能」とか「ギフテッドにありがちなハンデ」みたいな話が出ることがある、私はあれが好きではない。
才能は障害と引き換えに与えられるものではない。そうしなければならない状況の中で鍛えた能力が、結果的に特技と呼ばれるようになるだけだ。
発達障害を「一種の天才タイプ」と呼ぶことにも反抗している。天才と呼ばせるならハンデはいらないのだ。
才能とは、人並みの努力で抜きん出た成果が出る都合のいい能力のことだ。ハンデの有無は関係ない。
もしこれを読んでいるあなたが「なんか分かる気がする」と感じてくれたら、それだけでこの文章を書いた甲斐があったと思う。
あなたの周りにも、似たような人が意外といるかもしれない。大抵の場合、ただ言っていないだけだ。
私は40近くになるまでマジで気づいていなかった。遅かったな、とは思う。でも気づいてから、子どもに伝えられた。夫に伝えられた。少しだけ、生きやすくなった。
今でも、出先でひとと合流するときは緊張する。
そして今日も、顔のわからない、知っている人のことを好きになる。
