疲れた時の箸休め。超短編の寓話はいかがですか
名もなき寓話たち
🟡 ここでアップする「寓話」とは
スマホ一画面程度のたとえ話。それがこのnote の寓話たちです。
絶望の中で、なぜか一杯の茶を美味しいと感じてしまう瞬間。そんな時に、ふと現れ、私の重い頭を軽くしてくれた話です。
どの話も究極には、「生きる喜びなんてあるのか」という疑問から来ています。私はずっと、そんな大真面目なことを鈍感に考えては、消化しきれずにいる阿呆です。
🟡 自己表現や主張は特に予定していません
私にとってのnoteは、自己表現や意見表明ではありません。宙に浮いている言葉を記録する感覚。誰か(たまに何か)が語ることを私が代わりに文字にするような感覚です。
研究者としての私は、バルトの物語論やオングのメディア論、フーコーやニーチェの哲学の影響を受けてきました。でも寓話は、学術的な計算から生まれたものではありません。
書き手としての私は、ただただ言葉を置いていく人間です。かしこまった書き言葉も小難しい単語も使いません。どうぞお気楽お気軽に扱ってください。
🟡 どう読んでいただいても
このnoteにある寓話たちに、順番もジャンルもありません。どこからでも、どのようにでも、気ままに眺めていただけたら嬉しいです。
「これは何の話?」と意味不明なものもあるかと思います。
でも、それで大丈夫です。解釈やら作者の意図やらも不要です。 (というか意味なんて、読む人によってどうにでも変わる、「意味は必然でも絶対でもない」というドイツの哲学者ショーペンハウアーの思想が好きです。作者が決めるものではなく。実際、コメント欄で私自身が自分の文章の意味を教わること多々です)
もし、何か引っかかるものを見つけていただいたとしたら、それだけでもう感激です。
🟡 マガジンについて
同じ主人公や世界観を持つものは、マガジンにまとめました。もし目に留まる話があったら、似た断片にも立ち寄ってみていただけると嬉しいです。
「カエルの分際で寓話」
生きものたちの観察寓話
🟡 箸休めのように
何かを読んでいる合間に、箸休めのようにご覧ください。疲れた頭を紛らわせる必要があったら、少しだけ目を離すような。
あなたは意味のあるものを追いかけていらっしゃる最中かもしれません。ここには、意味のない断片を、置いておきます。何かを探している途中でいらっしゃるなら、じゃまをしないように。
(2025/5/29 開設)

追記
ご紹介ありがとうございます
