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全体主義に対抗する(5)自分に忠実に行動しよう

 全体主義の本質は、自分で思考することなく、全体に合わせようとする人間の行動にあることを指摘してきました。したがって、全体主義に対抗するためには、行動の基準を全体に合わせるのではなく、自分自身に合わせないといけません。それは場合によっては,かなり重大な大変なことになるかもしれませんが、人類のために立ち上がらなければなりません。

 まず,最初に確認しておかなければならないことは,全体主義との闘いは,私たちを取り巻く「全体」との闘いですから,その闘いの結果,私たちがこれまで築いてきた地位や財産あるいは生命までも危険にさらす可能性があります。しかし,そこで怯んでは,必ず負けてしまいます。自分自身以外に守るべきものがあれば,それを手放すことができずに,全体主義に飲み込まれてしまうことは必定です。しかし,それは自分を失うことであり,生きている意味を失うことです。ここが原点です。ここが共有できなければ,全体主義に対して立ち上がることはできません。

 では,全体主義に対抗するにはどうしたらよいのでしょうか。その基本にして最強の手段は,全体主義に従わないこと,つまり不服従です。これは,近代社会に飼いならされてきた私たちには,意外に難しいことです。社会システムは常に正しいと教え込まれてきた人間たちは,本当に易々と指示に従ってしまいます。しかし,自分自身の信念に照らして,少しでもおかしいと感じたら,そこで立ち止まって抵抗しなければなりません。それが自己の尊厳を守る最も崇高な行為です。

 しかも,全体主義の権力は最初から市民に牙をむいてくることはなく,初めはとても紳士的に接近してくるから注意しなければなりません。現在,世界中で抗議運動が展開されているいわゆる「ワクチンパスポート」も,最初は,どの国も非接種者の権利は侵害されないと言っていたのに,今や,非接種者が諸悪の根源のような言いっぷりで,その豹変ぶりはすさまじいものがあります。これは国家が図った巧妙な詐欺です。こういう動きは,全体主義の手段が思ったほど効果がないときほど,ひどくなります。そして,過半数が賛成してしてしまうとさらに過激になります。

 したがって,このようなときこそ不服従を貫き通さないといけません。そのことによって,いくら社会から無責任だと批判されても,疎外されても,たとえ職を失っても,不服従を貫くこと,これしか全体主義を倒すことはできません。いまでも,生権力に対して,もし一定数の市民が不服従を貫けば,生権力は1日で崩壊します。アーレントは,不服従という方法の有効性を以下のように説明しています。

「十分な数の人々が(権力側から見て)「無責任に」行動して,指示を拒んだならば積極的な抵抗や叛乱なしでも,こうした統治形態にどのようなことが起こりうるかを一瞬でも想像してみれば,この<武器>がどれほど効果的であるか,お分かりいただけるはずです。」(アーレント『責任と判断』ちくま学芸文庫)

 このような不服従の態度貫けば,必ず賛同者があなたのもとに集まってきます。最初は小さな力でも,生権力が横暴であればあるほど,指数関数的に増えていきます。いかに,生権力と言えども,自然の摂理に敵うわけがないので,どこかで失敗が露わになることは(既に露わになっているのですが)確実なのですが,その過程で,一瞬でも全体主義に従ってしまうと,その心の汚点を消すのはかなり困難となります。人間は,自己の尊厳のためだけに,自分の生命をかけるべきです。それが,アーレントの言う『人間の条件』でもあります。

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