【食卓の上のプランクトン採集記】
みなさま、こんにちは。
コンテスト「#今年学んだこと」に、たくさんのご応募をいただきありがとうございました。
結果発表までの期間、「#今年学んだこと」にちなんだミニ企画を行います! 第1弾は「偏愛」をテーマに、noteクリエイターさんにご寄稿いただきます。題して「偏愛のススメ」。
今回ご寄稿いただいたのは、本田すのうさんです。
本田すのうさんといえば、あたたかなまなざしで包み込む育児エッセーが人気のクリエイターさん。
そんな本田さんの偏愛の物語とは……?
シラスの群れと格闘していた。
当時1歳だった息子は、食卓に出されたシラスに混ざっているタコだとかエビだとかをめざとく見つけては「これ、イヤ」と言って泣くのだった。
目を凝らしてじっと見つめないと見えないような小さな生き物を、先端が細い箸を使ってシラスとシラス以外に分けていく。白に混じった薄ピンク色を目印にして完璧に避けたつもりでも、息子の前に置けば「まだある!」と言われ、ふたたび指差した先には確かにシラスではない謎の生物がシラス然として横たわっていた。
頭を抱え、箸を持ち直しながら、バランスよく食べさせたい気持ちともう二度とこんな作業はしたくない気持ちが、小舟のように揺れた。
──あれから10年。
私たち親子は再びシラスの群れと相対している。
「すごい! ゾエア幼生だ!」
興奮気味に息子が見つけたのは、一見すると宇宙人の顔のような形をした生物で、白い体に大きな黒い目玉、頭のてっぺんから体長の10倍はあろう触覚と、反対側にはそれと同じぐらい長い尻尾のようなものが伸びている。

シラスの頭ほどしかないその生物の正体は、エビやカニなどの甲殻類の幼体で、プランクトンの一種と言われているものだ。シラスやチリメンジャコに紛れ込んでいるこのような生物は、一部で『チリモン』と呼ばれている。
息子はシラスが出るたびに小皿を用意し、チリモンを採取する。食卓には白米、味噌汁、シラス、プランクトンが並ぶことになる。うっかり洗い流さないよう注意が必要だ。
シラス1パックから5つほど採取できるチリモンはその後、プレパラートに載せられて顕微鏡でその姿を観察される。顕微鏡が欲しいと言い出した時は迷ったけれど、こんなに出番がくるなら買ってよかったのだろう。息子はプランクトンを観察し、なんの種類か図鑑で調べてから日付と種類を記載し、専用ケースにコレクションしている。
これまでにゾエア幼生や、タコ、エビ、イカなどのプランクトンの他、タツノオトシゴやリュウグウノツカイの幼体らしきものも見つけてきた。



そんなに好きなら水族館に行ってクラゲやプランクトンを観察するのも好きなのか、というとそうではない。息子の口からプランクトンへの興味が飛びだすのはチリモンを見つけた時のみである。
シラスの群れの中に混じったシラスに似たシラスではない生物に実は名前があって、それを解読して保存すること、それこそが息子の喜びであり楽しみなのである。
幼い頃に「イヤ!」と言っていたチリモンは、時を経て特別な存在に変わり、息子の研究対象となった。細かい違いが見えやすい目はイヤなものも見えてしまうけれど、興味があるものをフォーカスするのにはずいぶん役に立ちそうである。
実は、スーパーによってチリモンの混入具合が少し違う。ほとんど不純物のない店もあれば、豊かな生態系を抱えたシラスを売る店もある。本当は不純物が少ないシラスの方が美味しいんだよなぁと思いながらも、私はあえて不純物の多いスーパーのシラスを手にとる。
かつて必死に取り除いていたものを、今は探しにいく立場になっているから不思議なものだ。しかも親子そろって。
いつか、まだ誰も知らない、名前のないチリモンを見つけて好きな名前をつけられたらさぞかし面白いだろう。そんな空想を胸に、今日も私たちはシラスの群れをそっとかき分ける。
白い粒のなかに潜む、小さな存在を探すために。
