【たったひとつのハッシュタグが、居場所になった】
みなさま、こんにちは。
コンテスト「#今年学んだこと」に、たくさんのご応募をいただきありがとうございました。
結果発表までの期間、「#今年学んだこと」にちなんだミニ企画を行います! 第1弾の「偏愛」に続き、第2弾はnoteクリエイターさんにご自身の「推しnoteクリエイターさん」についてご寄稿いただきます。
題して「この人のこの記事が好き!」。
今回ご寄稿いただいたのは、本田すのうさんです。
本田すのうさんの「推し」は、すのうさんの背中をそっと押してくれたすてきなクリエイターさんでした。
言葉との出会いが人生を変える──。
そんなことが、自分の身におきるとは。
「なんのはなしですか」
この言葉を生み出した人をご紹介したい。『コニシ木の子』さんというクリエイターである。
コニシ木の子さんは、noteでエッセイや小説を発表している。しかし彼が大勢のクリエイターから親しまれているのは、その“作品”だけではない。「#なんのはなしですか」というハッシュタグを中心にした、小さな路地裏をつくり出したことだ。
ここでいう路地裏とは、誰かがつぶやいたような言葉のかけらや、未完成の文章やイラスト・音声に至るまで、様々な表現が転がったり踊ったりしているような場所のことである。王道のメインストリートではなく、書き手が素のままでいられる場所、どんな表現も認めてくれる場所、まさにnoteの路地裏と呼ぶに相応しい場所なのだ。
路地裏への入り方はとても簡単で、記事に「#なんのはなしですか」とタグをつけるだけでいい。すると、コニシ木の子さんがそっと灯りをともすようなコメントを残しに訪れ、翌週のまとめ記事で全て紹介してくれるのである。
今から約2年前、私の筆は折れかけていた。書くことを始めたものの、周囲の人々の文才が眩しすぎた。人の役に立つことや面白いことばかりが重宝されるこの時代に、私が書く意味はあるのだろうか……?
そんな問いが斜め後ろの方角からのっそりと手を伸ばしてきたとき、私は「なんのはなしですか」との出会いを果たした。
“この「なんのはなしですか」という言葉は、人の日常や日々思うこと、創作も含め、普段言えない、書けない悩み、そしてどのジャンルの作品にでも使え、喜怒哀楽を表現出来て、どこまで本当か嘘かもハッキリしなくてもいい「魔法の言葉」だと心から信じていたからです。”
“人の思想やその途中のものを読み、もしかしたら面白く誰かが続きを書いてくれるかも知れない。バトンが頭の中で急に渡されて、楽しくワクワクしてしまう。そういう場所があれば創作を辞めるのを踏みとどまって、楽しく続けられて世界が面白く変化するかも知れないと漠然と考えていました。そしてそれをジャンルとして世界中で誰かが読めたら素晴らしいのではないかと。”
“大事なのは、どんなことでも「書きたい」と思ったことを記すことが出来て、投稿することです。そこから先はまた別の話です。書くことに資格などありません。だからこそ「きちんと書け」と言うのなら表現にジャンルは生まれません。”
誰かの役に立たなくてもいい。完璧な結末を目指さなくてもいい。誰がどの作品を面白いと思うか分からないからこそ、ワケのわからないひとり言や、頭の中にあるものを書き続けて欲しい、そんな風にコニシ木の子さんは言う。
確かに、路地裏と呼ばれる場所で出会った表現には驚かされることばかりだった。誰が読んでも、なんのはなしか分からない、真実か空想なのかも分からない、そんな話で溢れていた。
不思議の国か『ヴィレッジヴァンガード』に迷い込んだような、正しさや有益さを求められないおかしな場所。
その世界にすっかり魅了された私は、表向きは真面目な顔をして人の役に立ちそうな言葉を並べつつ、路地裏にふらふらと出かけては"なんのはなしか分からない話"を書き連ねた。
路地裏に誘われ、そこで何ヶ月か過ごすうちに、ふと疑問が湧いた。それは「本当に人は役に立つ話だけを求めているのか?」ということ。
900人を超えるクリエイターが、横の交流を深めながら互いの記事を読み「これは一体なんのはなしですか?」と声をかけ、笑い合っている。1つのテーマをきっかけに、物語が膨らみ、共鳴して様々な表現方法へと変わっていく。
ただ好きだから書いたという記事は偏愛であり、あるものを別のものに見立てて表現する記事は文学であり、書かれた記事を声劇や朗読で表現するのは芸術だった。それら全てに「なんのはなしですか」というタグがついていた。
そんなシーンを幾度となく目にした時、私もまた、「なんのはなしですか」という言葉の持つ力を特別に思った。
「なんのはなしですか」は今やnoteという場所を超え、商標登録や企業とのコラボレーションという形でも共鳴しはじめている。
コニシ木の子さんがつくったのは、単なるハッシュタグではない。たったひとつの言葉が、創作を続ける勇気になる──その合言葉が「なんのはなしですか」なのだ。
今もなお、noteの路地裏では「なんのはなしですか」から生まれた表現が転がり、跳ね、誰かの手でまた別の物語へ姿を変えていく。
入り口はいつでも開いている。
次に物語を始めるのは、あなたなのかもしれない。
