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タトゥー 10曲目 LOVE BLIND

 ヒカルの病院騒ぎがあり今年の12月は心身ともに本当に忙しかった。
特に精神的にヒカルの心の支えになろうと決めたはずなのに肝心な時に全然役に立てなかった。それどころか、ヒカルのバンドはアルバムを完成させ、2月にリリーするために地方の営業やらライブ練習やらで多忙を極めていた。
 それとは対照的に僕の方は両手に有り余るくらい時間にも心にも余裕があった。雪が降り頻るこの辺りでは冬はロードスターを走らせたくなかった。山登りの方も冬の山は装備が多くなることから登らないと決めていたし尚更、やることがなかった。
 文字通り、ヒカルは遠くへ行ってしまったわけだ。そしてそこに更に悪いオマケがついた。
 プロダクションのマネージャーからヒカルとの交際は内密にするよう釘を刺されたのだ。メールと電話は良しとしても二人きりで会う時はそのマネージャーのお伺いが必要というわけだ。
人間というものは不思議なものでダメと言われると余計にヒカルが恋しくなった。
会って、この手で抱きしめ、口づけしたかった。この不確かな心の中の想いを何とか形にして証明したかった。
 外では雪がちらほらと降り始めていた。
今年はホワイトクリスマスかな。なって思ってもヒカルとのデートは難しそうだ。彼女が書いたBetter Dayzを聴く。歌詞カードを見ながら。そこに刻まれたヒカルの想いを何とか捕まえようとする。
 そういえば最後に愛していると言ったのはいつだろう。最後に愛していると言われたのはいつだろう。深々と降り続ける雪を眺めながら思う。
 誰かを愛するということはそのまま感情がプラスになるだけじゃない。会えなくて寂しかったり、連絡がないだけでありもしない疑いをかけたり、楽しそうに話す同性にすら嫉妬したり。
 こんなに誰かを愛するということが辛く、大変だったなんて知らなかった。
ヒカルが「ユキオには特別にこれあげる。」と渡されたのはいつもデモが入った白いラベルのCDだった。いつもと違うのが曲順がマジックで書かれていたことだ。
どうしてそのことCDの存在を今まで忘れていたんだろう。
もらってから1週間ほど経っていた。急いで探し出しデッキに入れ再生を押す。
ヒカルのバンド、I’LLのフルアルバムだった。確か完成したと言っていたのが1週間前だ。ヒカルは真っ先に僕にCDを渡していたのだ。
 聴いたことのないタイトルの曲が数曲、目についた。僕は10曲目のLOVE BLINDを再生した。
ヒカルのことだ、LOVE BLIND=恋は盲目という意味のタイトルだろう。
 タイトルと比例してマイナーコードで構成された切ない曲調だ。サビに差し掛かる。歌詞カードがないので何とか聴き取ろうと耳を澄ます。

いつも側にいてくれる ただそれだけで僕は何もいらないよ
例え遠く離れても

 結局、ヒカルと会うことができたのは年も明けてしばらくした1月の終わり頃だった。久しぶりに会うヒカルはどこかやつれて見えた。もともと太ってはいないが、尚更、細く、病的になってしまったというのが会った時の第1印象だった。
「久しぶりやな。元気やったか?」
「まぁまぁかなぁ」ヒカルがタバコに火をつけながら答える。
「アルバム聴いたよ!ありがとうな。出る前に渡してくれて。」
「別に。」と言いたげな風にヒカルはタバコの煙を吐き出した。
何故だろう、何となく、前とどことなく違うと感じてしまうのは。
 僕が変わってしまったのだろうか。それともヒカルが変わってしまったのだろうか。あれほど、会いたくてたまらなかった彼女を目の前に僕はどうしてこんなに冷静なのだろうか。
 どちらが何かをいうこともなく抱き合う。顔を上げたヒカルはその大きな瞳を閉じている。まるで閉じていることが何かを求めるかのように。
それに答えるように僕は唇を重ねる。慣れた唇なのにどこか新鮮さを感じるのは、しばらく会ってなかったせいなのだろうか。お互い何かを確かめるように口づけを何度も交わす。
 「会いたかった?」不意にヒカルが訪ねる。僕は言葉を発さずにただ頷く。
愛っていうものはなんて不自由なんだろう。こういう時に僕は僕の気持ちをしっかり表現してヒカルに伝えることができない。ただ唇を重ね、体を重ねることしかできない。
 ふっと頭の中でLOVE BLINDが流れた。なるほど。恋は盲目か。もう一つ意味があるんだな。
それはまさにブラインドを閉じるように君しか見えないという二重の意味があることに今更気がつく。でも僕はそんなこと、ヒカルには聞かない。今は恋人だから。
バンドマンのヒカルはここにはいないのだ。
今目の前にいるのは一人の女性としてのヒカルだ。もちろん、僕の彼女としてのヒカルでもある。
「何考えとるん?」不思議なものを見るような例の大きな瞳で僕を覗き込みながら言った。
「なぁんもないよ。ただ、会えて嬉しいよ。」自分で口に出して赤面するようなセリフだった。
でも、僕はこの瞬間本気でそう思ったことを口にしたのだ。

 

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