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タトゥー 3曲目 眠る前に・・・



 時計は朝8時30分を指していた。
だが、私とって出社までに十分余裕のある時間だ。
いつも通り、愛車のワゴンRに乗り込こうもうとすると、母が
「メイコもついでに送って行ってくれる?」と1階から叫び声が聞こえた。 
メイコは私の妹だ、年にして15歳も離れた妹だ。時に私が中学2年の冬に大事な話があるからと両親に呼ばれたことがある。
そう、「子供が生まれる」と二人に告げられたのだ。多感な中学2年生だった私だが、それ以上に下に姉妹ができるなんて夢のような話だった。何よりも嬉しかったことを覚えている。
5月生まれからメイコだ。なんとも捻りのないネーミングだ。
 そして実は私と誕生日が1日違いなのだ。これも何かの縁なのだろうか。全く良くできた物語のような話である。
まだ、しっかりと喋れないメイコを助手席に乗せ、自宅を出た。
私にとってメイコは姉妹と言うより年の離れた親戚の子に近い感覚だった。
よく中学3年の頃はメイコを連れて児童館に行って一緒に遊んだもんだ。
今思えば、それでよく高校に受かることができたなと思う。
受験した高校も県内で唯一、ギター部があるというそれだけの理由で受験した高校だった。
 結果はと言えばまぁ、あえなく惨敗したものの市内の繁華街に近い私立の高校に通った。
その間は帰宅部だったが、バイトをしながらバンドも組んだし、オリジナル曲も数曲作った。ギターを弾くこと、作詞作曲することが私にとって呼吸をすることと同じことだった。

ずっと何者かになりたかった。普通のことが、当たり前のことができなかったから。
これを一般的にはアーティストとか、「音楽でご飯を食べる」とか表現するだと思う。

何かはわからなかったが、それがギタリストとしてなのか、バンドマンとしてなのかはこだわってもいなかった。
ただただ作品を作る、表現をする。そのことだけが自分を昇華させる術だった。
つまらない田舎特有の閉塞感と低レベルなマウントの取り合いから脱出したかった。
そしてなにより、自分以外の他人に認められたかった。

 私が通っていた中学校の隣にある幼稚園にメイコを送り届ける。
まるで自分が親になったような気分で駐車場に車を停める。
彼女が園内に消えていくまで、じっくりと姿を眺める。
車内で流れている曲は私の3つ目に作った曲「眠る前に」というタイトルの曲だ。
これはユキオが寝れるようにと書いた曲だ。出だしは古時計の針の音からゆっくりとクリーンギターがアルペジオを奏でる。ハーフダウンチューニングで作った唯一の曲で、キーはCになるからアヤコが低音で子守唄のような歌い方をするのが特徴だ。
歌詞はと言えば、少々甘い。いや、かなり甘いんだろう。

どれだけ君を想っても足りなくて切なくて
どれだけ時が過ぎても君のことばかりで

我ながらこういう曲を書くときだけ詞が少女っぽくなるのがなんとも恥ずかしい。
 ユキオの家族関係は少々複雑だ。彼が6つの時に父親が失踪した。それ以来、母一人、子一人で生活してきたそうだ。
だからなのだろうか。彼は同じ歳なのにずいぶん落ち着いて見えるのだ。なんというか、ある意味で達観しているというか。
父が失踪したのが影響だったか分からないが、中学生に入ると急に夜眠れなくなり、心療内科でいうところの不眠症と呼ばれるものになったそうだ。
「朝イチに聴く曲じゃないよなぁ」っと思い自分の好きなアーティストのディスクをカーステの小さな口に入れ駐車場をあとにする。

 「曲作りのインスピレーションはどこから湧いてくるんですか?」 
「降ってくるんですよ。ふっと頭からね。」どこかの音楽雑誌でよく目にするインタビュー文句とプロのアーティストのアンサーだ。
私は「絶対嘘だろ。」とたかをくくっていた。数時間後、人生で初めてそれが間違いだったことに気づくのだが。
 あの現象が起きたのはちょうど仕事で倉庫の書類整理をしていたところだった。特に何も考えずに棚の番号が振られた書類がこれでもかというくらいにパンパンに書類が入ったボックスを棚に入れる。本当に単調な仕事だ。入れる棚にさえ気をつけていれば何か無駄なことを考えながらでもできる。事務職といえば聞こえがいいが、少々の肉体労働だ。
 ちょうど夕方の太陽が綺麗に落ちていく時だった。ガラス窓から陽光が反射して、事務所と私をオレンジ色に染める。

その時、ふっとメロディーが「降りて」きたのだ。

直感的に私は「この曲はうちのバンドの目玉になる曲だ。」と思いこのメロディーを逃すものかと何度も心の中で歌う。何度も何度も歌う。仕事で手を動かしながら心の中ではまだ先の見えない歌を歌っている。
帰宅後、食事もせずに、ギターでメロディーに合ったコードを拾う。
こういう風にメロディーから曲を作ることを曲先と言うのだが、バンドに入って、いや、私の作曲歴の中で初めての曲先で出来た曲だったのだ。
仮に歌っていた適当な歌詞を書き出す。
気がつけば時間にして2時間ほどで曲が完成していた。
後にI'LLメジャーデビュー1stシングルとして発売され、大ヒットとなる曲はこうして生まれたのだ。


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